雨戀哀奏〜アマコイアイソウ〜 ひばあらひば


小雨よりも若干強めの雨が降る中、彼は小さな公園の中央に佇んでいた。
傘も差さず、公園の入口側に背を向けて空を見上げている。
薄暗い雲が覆い尽くす様を、アイスブルーが静かに捉えて。
何を見据えているのか。
僕からには見えない何かが、彼には見えているのだろうか。
僕もまた傘を差さず、距離を置いて彼を眺めていた。
何の意味も理由もない。
群れを咬み殺し終えたら雨が降ってきて、濡れて帰ろうと歩いていった道中に見かけただけのこと。
継承の儀とやらは既に終わったのに、彼は時折気紛れに指輪から抜け出す。
曰く、消える方法が解らないと。
他の守護者達もそうなのかと問えば肯定された。
けれど滅多に外界に接触はしないらしい。
普段は指輪の中で過ごしている。
逆に、彼は縛られることを嫌うから、いつだって自由でいたいのだろう、と勝手に納得した。



――濡れることのない身体と、濡れるばかりのこの身体。
――物理的距離は近くも、精神的距離は遠く。



「……君、さっきから此処で何してるの?」


「それはこっちの台詞なんだけど」


背を向けたまま、聞き取れる程度の声で問われ、戸惑いながらも返す。
やっぱり僕には気づいていたのか。
少しだけ、苛立った。
気配に全く気づかなければ腹立たしいけれど、気づいてもこの様。
理由は解っている。
余裕が気に入らないんだ。あの金髪のイタリア人とはまた違った、余裕。
時を経る以上に、同じ存在ではない故に漂う雰囲気が気に入らない。
腹の底が見えないばかりか、正直何にも興味を持っていない気がする。
いや、持っていないのか。出会い頭に自分に対して興味はないと、そもそもボンゴレ自体に興味はないとでも言い切る態度。
だから、だ。
彼の些細な仕草が気になるのは。
何にも興味を持たず、ただ己の気の向くまま流れるままに漂う姿。
その彼の瞳が、何に向いているのか。
気づけば、そんなことを思うようになっていた。


「空を見ていただけだよ」


「こんな雨の日に?」


「そう。晴れとはまた違った趣があるからね。で、君は?」


問いかけ様に、振り向かれた。
アイスブルーの瞳が、今捉えているのは僕だ。
そのことに、やっぱり少しだけ胸が高鳴った。
安堵、とは違う。
そんな生温いものじゃない。
きっと彼は“ただ見た”だけだろう。
それでも僕は……。


「雨に降られたから家に帰ろうとしただけ」


「そう」


何の抑揚もない声だった。
視線が外れることはない代わりに、冷たさは変わることがない。
僕が何をしていたか、なんて彼には何の興味もないことだ。
道端に落ちている石ころと同じ価値。
彼の瞳には全てのモノが“ただ在る”だけ。
そう改めて思い知らされた気がして、心らしきものが痛んだ。


「で、いつまで居るつもり?」


「あなたに関係ないよ」


「まあ、確かに」


会話らしい会話にもならない。
この間にも雨は降り続けて互いを濡らす。
唯一違うのは、濡れているか濡れているように見えるか、だけ。
嗚呼、僕やあの草食動物達にしか見えないというオプションもあったか。
指輪、即ちボンゴレリングとやらを持っている人間でなければ、過去の存在を目にすることはできない。
同じように濡れているのに、確かに雨に当たっているのに、生きる時間が違う。


――無意識に、一歩踏み出した。
彼の表情が揺らぐことはない。
視線は痛いほど真直ぐ、何も混ざらない綺麗なアイスブルー。
僕もまた逸らさないようにしながら、少しずつ歩み寄った。
一歩一歩が重い。
距離自体はそんなに長くないのに、あまりにも遠く感じられた。
彼の二、三歩前まで来ると、自然と足が止まる。
この先の、この距離を、埋めることがどうしてもできなかった。
不安、焦燥、恐怖。
僕らしくない言葉の数々が、頭の中に浮かんでは融けていく。
彼が伸ばしてきた指先に頬が触れ、びくっと自分の肩が震えた。
触れられている、その感触はない。
でも、氷のように冷たく感じた。
生前の彼も同じだったのだろうか。


「君はどうして僕を追うの?」


「そんなのっ、あなたが戦ってくれないからだろ」


言葉を考えたり繕ってる暇なんてなかった。
馬鹿みたいに口だけが先走った。
この相手に対して、何より冷静さや俯瞰の目は大切だというのに。
幾重にも仮面を被らなければならなかったっていうのに。
だから子供なんだよ、って上から目線で何度言われたことか。
今回も同じだ。
知りながら口走ったのは、今までにない質問だったから。
それ以前に、僕に対して深く切り込むことをしない人だったから。


「そう。なら、戦えば満足する? そうしたら、君は僕を忘れられる?」


「何言って「質問してるのは僕だよ」


何度か頬を撫でられ、走る冷たさに心まで震える。
心なしか、アイスブルーは少しだけ憂いに滲んでいる気がした。
先程より雨足が強くなったせいで、瞳に水が入りやすくなったからか。
こっちは服から身体まで全身びしょ濡れだ、気持ち悪い。
衣服が肌に纏わりつく不快さなんて、まだ可愛いものだと思えるぐらいに。
にしても何なんだ今日は。
いつもこんなに冗舌じゃないくせに。
何にも興味を持たない目をして、僕と会話にもならない短いやり取りをして。
そうして勝手に消えて、また気紛れに現われるくせに。
……僕を、忘れられる?
何を言ってるんだこの男は。
戦えば満足するか?
当たり前だ。
本気で戦ってくれるなら今よりは執着しないだろう。
勝つまで諦めない自身の性格は百も承知だが、それでもこんなに追い掛けたりしない。
突き放し返してやりたかった。
あなたはただ戦ってくれればいいんだと。
子供扱いしないで本気で僕と殺し合ってくれればいいんだと。
思ったままぶつけてやりたかったのに、声が出なかった。
そもそも質問責めには馴れていない。
滅多に聞かない彼からなら、尚更。


「……僕は「きっと、しないだろうね」


勝手に言葉を引き取られて、カッと頭に血が昇る。
ふざけるな。
冗談じゃない。
罵倒抗議しようと開いた唇は、何かに重ねられて言葉を呑み込んだ。
目の前から彼の姿が消えても、哀しいほどに冷たい熱は唇に残されて。






































【雨戀哀奏〜アマコイアイソウ〜】
(忘れてほしい。だけど、少しだけ……残せたら、と願った)




























fin


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