繋ぐ糸、血濡れた愛に刻重ね 2



――様、私、貴方が。



――あら、こんばんは。



――奇遇ね。私、――様と今……











――触るな触るなっ! ソレは僕のモノだっ!!






























「……っはぁ」


「おや、目が覚めましたか?」


夢見の悪さに、乱れた呼吸のまま飛び起きる。
頭痛までして、顔を歪めながら頭を押さえた。
寝汗がひどく、スーツが肌に張りつく感覚に不快さを覚える。
最悪の何物でもない。
起き上がろうと手を床に着いたつもりが、柔らかな感触に跳ね返される。
どうやら身体を預けていたのはベッドみたいだ。
いつの間に眠ってしまったんだろうか。
寝室まで移動した記憶もないのに。


薄らと聞こえた声の主を探せば、ベッドの傍に歩み寄ってきた奴がいた。
何故?
何故彼が此処に?


「何してるの、君」


「君に用事があって来たんですけど……ねぇ」


困ったような視線をドアの方に向けられ、その向こう側の惨状を思い出す。
きっと様々な物が破れ壊れ、壁には無数の穴が開いていることだろう。
ワインボトルも振り下ろして叩きつけたはずだから、既にフローリングに染み込んでいるか。
年代物で貴重だったのに。
気に入っていた紫色のカーテンも、滅茶苦茶に引き裂いたような気がする。
ガラス製の四角いテーブルも、思い切りトンファーを振り下ろして木端微塵にしたはずだ。
後始末を考えて、また頭痛がした。
ベッドから出るため、億劫でも身体に力を入れる。
布団を払い除けようとすれば、手を掴まれた。


「……何?」


「足の踏み場もなかったので片づけましたよ。壁の穴はとりあえず幻覚で補っています」


またボスが煩いですからね、と答えられた内容になど興味はない。
煩い何だの、僕の部屋なんだから構わないじゃないか。
正確には本部に宛てがわれたものだが、結局は僕のものであることに変わりはない。
だが……不法侵入者が当たり前のようにして此処に居るのは、どういうわけなのか。
鍵は掛けたはずだ。
断言はできないけれど、そこまで無用心ではないと思う。


「ねえ、どうやって入って来たの?」


「君の想像通りですよ」


「――最低。プライバシーも何もあったもんじゃないね」


軽蔑を孕んで、一睨みしてやる。
後始末をしてくれたんだから……と言い聞かせるほど殊勝な性格じゃない。
寧ろ、頼んでもいないことをするな、といったところか。
迷惑でしかないのだ、気遣いなんて。
内心で罵倒していれば、掴まれた手を力一杯握られた。


「――最低、は君に言いたいですね、雲雀恭弥」


「っ!?」


手を馬鹿力並みに握られ、真直ぐな蒼緋が貫く。
肌を直に突き刺されたような感覚に、思わず視線を外した。
何で彼が此処に来たか。
見当がつかない馬鹿じゃない。
来るのは当然だ。
大切にしている子を傷つけられたのだから。
腑に落ちないのは、何故わざわざ僕をベッドまで運んで部屋の片づけまでしたのか。
叩き起こされこそすれ、こんな優しさを施される意味がわからない。
……ある意味では、嫌がらせか。


「そんな沈んだ顔をしないでください」


「……別に「してない、とは言わせませんよ?」


束縛が解けた瞬間、両頬を挟むようにして手を添えられる。
持ち上げられて交わし合った視線に、不覚にも鼓動が高鳴った。
けれど直ぐに冷静さを取り繕い、相手の手を撥ね除ける。


「気安く触れないでよ気持ち悪い」


「ああすみません。今にも泣きそうな子供に見えたものですから」


「――君、咬み殺されたい?」


声で脅しをかけたところで、獲物は手元にない。
恐らくリビングの隅にでも転がっているのだろう。
荒れていた時に闇雲に振り回した記憶がある。


そもそも部屋を乱雑で破滅的な状態にしたのは……何が原因だったか。
嗚呼そうだ。
あの女に深手を負わせたと知って、彼女の恋人がやってきたんだ。
何か色々会話をして、けれど内容はあまり覚えていない。
忘れるほど些末なことか。
意図的に忘れたか。
……多分後者だろう。


「何故クロームを殴ったんですか?」


「……」


「君は理由なく暴力を奮う人ではないでしょう?」


問う様に、怒りや憎しみなどが感じられないことが不思議だった。
彼があの子を自分の娘のように大事にしていることは知っている。
だからこそあの一件が耳に入れば、僕を殺しに来るのではないかと思っていた。
否、冷静にそう思ったのは今だ。
事を起こして暫くは、周りがどう思うかなんて考えてもみなかった。
彼女の恋人が訪れたことだって不意打ちを食らったようなものだ。
『どうしてクロームを殴ったんですか!?』
と詰問されたあの時、僕はどう答えたんだったか。
記憶が曖昧過ぎて、思い出せない。


「……死ねばよかったのに」


「は?」


「君がボンゴレに言ったそうじゃないですか。クロームを殴った理由を聞かれて。彼、激昂してましたよ」


口にされて、微かに記憶が蘇る。
嗚呼確かに。
僕はそう言ったんだ。
だって殺すつもりで殴ったから。
いつかは手を出してしまうと思っていた。
だから、か。
必要以上に関わろうとしなかったのは。
自分が選んだ行動の意味を、改めて思い知らされる。



やはり“原初の罪”には抗えないのか。



「前々から嫌いだったんだよ。ただそれだけ」


「初耳ですけどね」


「今話したんだから当然だろ」


疑わしい眼差しで見据えられても、視線は逸らさず素っ気なく言い放った。
逸らせば負ける。
違う、と自ら認めたことになる。
当たり前のことだ。
そんな初歩的なミスを誰がやらかすものか。
ましてや相手は口から生まれたようなモノ。
些細な綻びさえあれば、簡単に奥底の醜さを引き摺り出してしまう。
彼が術者であることも関係しているかもしれないけれど。


「……それが理由だと、本気で捉えても?」


「しつこいな。かまわ……っ!?」





――はらはらと、薄紅の花が舞う。
血を吸って紅く色づく、禁忌の花。



――あの日と同じ、幻覚の桜。
倒れ伏す亡骸抱いた、狂いの笑み。
血染めの両手から落ちる、小刀。
やっと手に入った……と恍惚に呑まれ、堕ち。



――過日は一つに限らず、刻を経て尚彩なす……罪。




「……き、みはっ!」


咄嗟に伸ばした手は、彼の首を絞めつけていた。
耐えていたのに、堪えていたのに。
もう一度君を守ると誓ったから、繰り返さないようにしていたのに。
何があっても、君を最期まで愛すると。
例え隣にいられなくても、それで……嗚呼何が引き金だった?
驚いて蒼緋を見開く様に、抑えていた衝動が限界を訴える。





――あとどれくらい失えば、高鳴る鼓動許される?





――どれだけ君に会いたくて、流せぬ涙溢れたことか。


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