過日に舞う花になど、縛れるわけもない 骸雲10年後



風紀財団の屋敷内で、厳粛な静寂を纏う中庭。
喧騒とは無縁の、一種の聖地。
小石で縁取られた少し歪んだ丸い池には、赤白の鯉が優雅に泳いでいる。
されど水音は立たない。
耳を澄ましても、鳥の泣き声一つ聞こえなかった。



「――」



桜がほぼ散った樹を見上げ、雲雀は小さく呟く。
言葉に意味はない。
あるとすれば、足元に散乱する花弁の成れの果て。
地に落ちた姿さえ美しく思う。
やはりあのことがあっても、この花は自分が好きなものなのだろう。
そもそも和を好む自分が、芯からこの花を嫌悪できるわけがない。
……雲雀は些末な考えを追い払うように、軽く頭を振った。



「……」



背後に突き刺す視線を感じて振り返る。
本当はもっと前から気づいていた。
自分以外の気配に、風紀財団の者ではない気配に。
この花を背景に会いたくない人間に。



「よかったですね」


「何か用?」



どこか嘲ってくる男に、雲雀は素っ気なく返す。
意は解していた。
けれどそのまま察してやるほど、彼はお人好しでもなければ従順でもない。



「君の“嫌いな花”が散って嬉しいでしょう?」



わざわざ強調する辺り、嫌がらせの何物でもない。
思い出すでしょう、と暗に示しているのだ。
この男に弱味を握られたのは、雲雀にとって不運でしかない。
尤も――例のことがなければ互いに、恐らく一生出会うことはなかった相手。
様々な偶然が絡み合ったという以外にない。
ある意味では運命的。
雲雀は不愉快だと眉間に皺を寄せ、殺意を孕んで睨みつけた。
一瞬とはいえ、空気さえ震わす。
しかし悲しいかな、目の前の男には何の意味も成していないのだが。



「……」



時間の無駄だと悟り、雲雀はまた樹に向き直る。
足音が近づいたが、聞こえぬフリをした。
まだ数枚の花弁を遺している樹は、それでも満開と比べたら寂しい。
……春の終わりを感じさせるには充分だった。



「っ!?」



――意識を取られていた、そう雲雀が察した時は既に遅く。
後ろから抱き締められた身体は強張り、伝わる温さに小さく震えた。



「何のつもり?」


「嫉妬、ですかね」


「馬鹿馬鹿しい」



振り返ることなく切り捨てれば、男は目で柔らかく微笑む。
雲雀には見えていないが、それでも相手の表情が容易く想像できた。
恐らくソレが本音を隠すための嘘であろう、ということも。



「こっち向いてくれませんか?」


「……っ」


耳元で低く艶がかった声で囁かれ、雲雀は拳を握り締める。
脳髄に染み込むような、抗いがたい低音。
故に、絶対に聞いてやるものか、と力の入り方は語っていた。
仕方のない人……と男は苦笑し、さらに強く抱き締める。
僅かに骨が軋むほど、痛みは増し。
けれど雲雀は抵抗を止めない。
頑なな態度は、例え骨が折れたって……といったところか。
矜恃の高さは人一倍。
男もよく知る故に、恐らく要求は聞き届けられないだろう、と察せた。
だが相手のそんな面を気に入っていることも、また事実。
どうしようもない、と男は内心笑った。



「その花は忌まわしいですね。咲いても、散っても、君の心を捕え続ける」


「――ソレが、君絡みだとしても?」



おや、と男は目を細める。
また同じように一蹴されるかと思いきや、返されたのは予想外。
少しは関心を引けたのか。
彼の笑みが、醜い愉悦に染まる。



「ええ、だってソレは僕ではありませんから。無関係でなく間接的要因とはいえ、君を捕えるのは僕だけであってほしいんですよ」


「……我儘な奴」



暫しの沈黙。
後に振り返った雲雀は、綺麗すぎる笑みを浮かべていた。
呆れた意を孕みながらも、その様は今まで相手に向けた中で一番綺麗だったかもしれない。



「雲雀……」





意図を知らぬ儘、男は誘われるように口づける。
触れるだけの、されど次第に深くなっていく行為は、まるで互いの何かを満たすようだった。



























【過日に舞う花になど、縛れるわけもない】
(もう僕はとっくに君に囚われているのに)




























fin

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