我儘な望み、残酷な仕打ち 完結


『雲雀さん。“去る者は日日に疎し”って言葉、俺は嫌いなんですよ』
『何をいきなり……。なら君は僕にずっと覚えてろって言うの?』
『―――そうかもしれませんね。貴方の心に残るためなら―――…俺は手段を選ばない』





馬鹿げた話に真面目に取り合うつもりなど、雲雀には微塵も無かった。だから今になって浮かんだ会話を、苦々しく思わずにはいられない。

思い詰めていた綱吉が吐露した最後の台詞、あれはこの愚行を示唆していた。それに気付けなかったことが雲雀の犯した最大の過ちだとしたら、綱吉の過ちは怒りを買ってまでも雲雀の心に遺りたいと願ったことか。



「……彼に言われて、君は僕の前に姿を現わしたんでしょう」


雲雀の唇から零れ落ちた言葉に、青年は少し切な気に目を細めて頷いた。本物の綱吉に似た、優しい優しい切なさを纏う表情。
それを目にした雲雀は小さく息を一つ吐く。


「…勝手過ぎるよ」
「―――そうですね」


青年の同意は雲雀の神経を逆撫でるには酷く充分過ぎた。
綱吉は雲雀の心を持ったまま世界から消え、残酷な片鱗だけを遺して逝ったのだから。遺される者の気持ちを無視し、皆を護るためと大層な信念を掲げて、……己の命は塵と等しく扱って。


故に雲雀は思った。自分勝手に、自己犠牲を選ぶ彼に、これ以上振り回されてやる義理は無いと。同じ想いを味合わせることができなくとも、胸に抱いたただ一つの願いだけは―――



「―――許さない。勝手に消えることは許さない。君を殺すのは僕だ!」


我儘には我儘を、残酷には残酷を。綱吉がこんなものを遺したりしなければ、雲雀は愚かにも願ったりはしなかっただろう。雲雀の宣言を聞くと、青年はふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべて告げる。


「………はい。では来たるべき日に俺を殺してください。それまで俺は誰にも殺されませんから」




(……それが願い。本当の…X世様の、本当の願い…貴方なら叶えてくれると、X世様はそれだけを信じていた―――)




クローンは原型の心まで共有できない。だけど青年は何故か知ることができた。原型が、綱吉が、本当に望んでいたことを。それを叶えるのが青年の役目で存在理由。
―――…だが、綱吉はその願いを口にはしなかった。受け継いだ炎を通して、願いは青年に伝わってきたのかもしれない。



「絶対に殺してあげる」
「その日が来るのを待っています。貴方が俺を、“沢田綱吉”を殺しに来る日を」






“―――愛してますから、死しても貴方を…”






「っ―――!」


幻聴?風の囁き?
否、雲雀は確かに聞いた、求める者の声を。今は亡き愛し人の声を。クローンの青年とは違う、喪った優しい温もりを帯びたその声を確かに。

しかし、今遺されたのは亡き音が耳を揺さ振った冷たくも温かい感触だけ。青年の姿も消え失せてしまっている。



「―――っ、…僕は、僕を裏切った君が……っ!」


雲雀は嘘を吐こうと思った。何もかも、綱吉の望んだ通りになるのは腹立たしいし癪だから。
だが、それはできなかった。今もすぐ傍で、綱吉が自分の言葉を聞いているように思えて。
―――だから、そう。



「必ず殺すよ、君を……“沢田綱吉”を」



事実だけ、決意だけを雲雀は述べる。例え殺意を向ける先が、本物ではなくてもそうせずにはいられなかった。





死者に安息を、死者に冒涜を。―――…与えられるのは必ずしも、自分が望むモノとは限らない…。



もし僕が君の決意に気付けていれば、どちらも与えずに済んだだろうか―――狡い狡い大空の君から、答えが返って来ることは無いけれど。





fin
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