狩り取る命、置き去りの涙 雲綱 10年後


貴方を愛す、それが罰。呪われた血の元に引き合わされた関係、それに救いなど皆無で、必要すら価値無き代物。

貴方は戦場を好みながら、幾多の血を見て哀しく微笑む―――…涙を流す代わりに――。







「…もう、――――戦いたくない……」


戦うことだけに価値を見出だした漆黒の髪を持つ容姿端麗な青年の唇から、それは何の前触れも無く零れた。


「雲雀さん?」


蜂蜜色の髪を持つ童顔の愛らしい青年、沢田綱吉が、漆黒の青年……雲雀恭弥の名を不思議そうに呼ぶ。血に塗れた戦闘を好む雲雀が戦闘放棄など、周りが聞けば何をしてでも理由を問い質すだろう。それを綱吉がしないのは、雲雀の望みを誰よりも理解しているからだ。

おびただしい血と屍の腐臭が漂う戦場の中、小さな少女の亡骸を抱きしめる雲雀を綱吉は無感情で眺めていた。


「ねえ………君は、…」
「……またそうやって、俺の失った感情を貴方は見せつける」


不満そうに綱吉が呟けば、雲雀は確信犯のように嗤って少女を地面に横たわらせる。―――黒く長い髪、闇に虚無に愛された少女の様は…宛ら大和撫子。


「この子、命乞いしてたでしょう」
「ええ、…ガキが見苦しく無様に。半端な覚悟でマフィアの世界に首を突っ込む馬鹿は死ねばいい」


綱吉は軽蔑と嫌悪を含んだ声色で吐き棄てた。
10年前の心優しい綱吉、そして今、ドン・ボンゴレとしてマフィアの頂点に君臨する綱吉……彼を良く知る家族(ファミリー)は―――本当の彼を何一つ知らない。彼が置き去りにしたモノを、彼が得たモノを、何一つ知りはしない。


「君は“抱擁の大空”じゃないね」
「形式の名、運命の名。俺はそんな陳腐な鎖より貴方が…“孤高の浮雲”が欲しい」


綱吉はそっと微笑んで少女の亡骸に火を灯した。綺麗に揺らめく橙色の炎は少女を包み……焼死体を作り上げる。
嗚呼…けれどそれだけでは気が治まらず―――


「存在ごと―――……消えろ」


綱吉は少女の身体を焼き尽くす、肉も骨の欠片も一つ残らず―――遺ったのは焼け焦げて死滅した地面。――最初から何も存在しなかった…命など宿っていなかった。―――そう、錯覚させる焦土は嘆き、悲鳴さえ枯れる…。


「君に命乞いをしたのが愚かだったね」
「貴方も同じでしょう。この耳で、どれだけそれを聞こうとも――救いは無い心は無い…―――哀れに無慈悲に命が絶えるだけ…」


綱吉は空を見上げた、遠い昔に忘れた何かに想いを馳せて。
それが在る限り、綱吉はいつまでも生温いボスでいなければならず――今回のように、年端も行かない少女を殺害することなどできなかった。

ボンゴレに忠誠を誓う者達が、ボンゴレを支持する者達が、綱吉に欲したのは――非情なる強さ。業を背負い、それをまた新たに重ねる……背徳の覚悟。


「帰りましょう。此処は虫酸が走る」
「…同感だね」


雲雀は地面に散乱する10代ぐらいの子供達の亡骸を一瞥し、彼等の拙さに不愉快を覚えた。
両親をマフィアに殺された子供達が復讐を誓い合い、裏社会に手を染めファミリーを名乗る……その行為が過ぎた結果、ボンゴレを敵に回して。なんという悲劇、そして愚かさ―――反吐が出る。


「これだから弱者は嫌いだよ」
「―――雲雀さ…んっ」


雲雀は横で首を傾げる綱吉の腰に片手を回して抱き寄せる。綱吉は予想外の事に驚いて頬を赤らめたが、雲雀の哀し気な表情を見るとあやすように頭を撫でた。力は入れず、壊れ物を扱うように―――そっと。


「かわいそうな…人。血に喘いで飢えて……泣き方もわからず…」


雲雀が得られないモノ、それは綱吉が置き去りにしたモノ。雲雀はそのモノを知らないから、綱吉が取り戻せるように―――心を揺さ振る。己のエゴだと……知りながら。


「貴方はもう戻れない、生きてる限りボンゴレから逃れられない」


俺と関わった、俺を愛した、罪……。貴方を愛す俺もまた、罪重ね……。
輪廻よりも報われない、永劫よりも悍しい……愛。


「数多の命乞いを聞き、それでも俺達は殺していく。正義も悪も無い―――…あるのは罪人の業だけ」
「知ってるよ。僕が選んだ道、君が選んだ道だ。後悔など愚かしい」


雲雀の迷い無き返答に、綱吉は満足して雲雀の背に両腕を回した。服越しに軽く爪を立てれば、妖艶に密やかに笑みを零す。





貴方を愛す、それが俺の罰。俺を愛す、それが貴方の罰。呪われた血の元に引き合わされた関係、それに救いなど皆無で、必要すら価値無き代物。

だけど、存在理由の放棄は許さない。背徳から逃げることも許さない。
貴方と俺、全て失っても互いに背負う業は終焉まで共に―――…。
……それは戦場を鮮やかに駆け抜けるでしょう。






fin
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