贖罪に死を、贖罪に心中を 雲綱 死ネタ
―――…砕いてしまったの貴方の心を。
―――…だって貴方は俺を愛しているよりも殺したいのだから。
―――嗚呼……貴方の殺意すらいとおしい…
「雲雀さん」
此処は並盛中学校の応接室。小柄で蜂蜜色の髪を持つ少年…沢田綱吉は一人の少年の名を呼んだ。綱吉とは対照的に、漆黒の闇に愛された綺麗な少年…雲雀恭弥の名を。
雲雀は床に跪きただ一つの存在を見据えていた、今はもう言葉を発しなくなり床に倒れているモノを。
床に倒れている少年は死んでいる―――わけではない。ただ、気を失って言葉を発さないだけ。綺麗な顔には幾つもの殴られた痕があり、所々火傷のようなものもあった。
「雲雀さん?」
「君……強くなったね」
雲雀は壁に背を預けてほくそ笑んでいる綱吉に乾いた笑みを向けた。
―――雲雀の瞳から零れ堕ちる涙。それは空の為の雫か、それとも倒れ伏す…霧の為の雫か。
「貴方は弱くなりましたね。人間らしくて反吐が出ますよ」
「これは報復?君を裏切り、彼を……六道骸を愛した僕への」
雲雀の口から改めて自覚させられる喪失の痛み、それに綱吉は酷く情けなさを覚えた。
―――…貴方は浮雲。それを捕えようとした俺は愚かな大空。
―――…彼は幻影。浮雲と相容れないが最も近しい、それが嫉ましい。
「俺は貴方だけを愛してます」
「……うん、知ってる」
「だけど…貴方は俺を愛していない。貴方が、俺が、互いの望みが同一で無ければ叶える価値が無い必要が無い。故に、」
「君も僕も、この世界には不要な存在だね」
雲雀は空虚な笑みを絶やさぬまま綱吉の目の前まで歩み寄り、その白く細い首に手を掛けた。迸る凶悪な猛獣にも似た殺意が、綱吉の身体の奥深くを震撼させる。
「殺してください…」
「それが君の望みで僕の贖い?」
「貴方のいない世界は血塗られた歴史より惨く醜い。美しさの欠片も無い、ただのガラクタ」
俺には貴方しかいなくて、貴方もそれを望んで、それだけの関係。貴方を殺し亡骸に愛を囁くのも悪くはない。だけど俺を愛していない貴方をいくら抱いたところで……この空虚な痛みに喪失感を益々募らせるだけ。
確かに愛してた、そして今も。だから貴方への罰はこれで、俺の罰は貴方の名を、最期まで呼ばないこと――最期まで、“雲雀さん”で。
雲雀のしなやかな指が綱吉の首に食い込む。少しずつ力を入れて、それでも表情を変えず微笑む綱吉を哀れに思いながら……心の中で懺悔し贖罪を乞う。何も知らなかった子供に愛を与え、それだけが絶対だと信じ込ませ……哀れな子供を置き去りにした傲慢で救いの無いこの行為に対して。
「ねえ……綱吉」
「………」
雲雀が呼び掛けても、綱吉は返事をしなかった。力を余り入れていなかった雲雀は驚いて手を離し、倒れそうになる綱吉の身体を支え心音を確かめる。
―――…動いている。その事実に雲雀は心から安堵した。微笑みながら気を失ったのは、綱吉の最期の強がりか否か。
「骸……ごめん。僕はこの子供を見捨てるわけにはいかないんだ」
―――…この子供は僕の罪だから―――。
雲雀は傷つき床に倒れて気を失っている骸に謝罪すると、綱吉を抱えて応接室を出て行った。
それから一週間後。
人里離れた山奥にある枯れ切った桜の木の下で、眠るように息を引き取った二人の亡骸がボンゴレ探索部隊により発見された。警察の捜索よりも早いという理由でリボーンが手配したのだが、それでも間に合わなかった……悲劇。
「このダメツナが…最期まで面倒かけやがって」
「……馬鹿、ですね……彼も、ボンゴレも……愚か、しくて、笑…えま、せん…よ」
愛し方を知らない二人。それに亀裂が入り、別の愛を知り始めた雲雀を綱吉は恐れた。哀れ幼き子供は、雲雀に与えられた愛しか知らない。それしか雲雀は望まなかった。………いずれは幕を閉じる刹那の独占恋愛劇。
「僕さえいなければ良かったんですかね……」
「どっちにしろ避けられなかったぞ…。悔やんでも仕方ねぇ。テメエ等先に地獄で待ってやがれ!」
黒き死神は幸せそうに眠る二人に悪態を浴びせ、今は意味を成さぬ霧の名を持つ骸はそっと二人の幸せを願ったのだった。
―――…砕いてしまったね君の心を。
―――…だから僕は君と共に逝くことを選ぶよ。
―――…地獄でまた愛し合うために。
fin
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