ぼくのためにかわらないでよ 雲綱 綱吉がちょい黒い?


「貴方の前に数多の屍を積み上げたら、貴方は笑ってくれますか?」


放課後の応接室、ソファに隣同士で座った二人きりの時間。
ソレは決して甘いとは言えない、しかし一日の中で最も心地好い時間。
そんな中、本当に突然だった。
今まで思ったことさえなかった言葉が、ふと口から飛び出して。
貴方はひどく訝しげな視線を向けていたから、言外に真意を問うているのだろう。
正直そんなこと聞かないでほしい。
自分でもよくわかっていない、故に自分が一番知りたいのだから。


「なにそれ。僕は動かないものに興味はないよ」

「ですよねー」


笑って誤魔化してみたけど、やっぱり貴方には通じないみたいで。
いっそう疑り深い眼差しを向けてくるから、俺も困ってしまった。
だいたい貴方の前に差し出すなら、物言わぬ屍の山より煩い群れの方がいいだろう。
できればそれなりの強さを持つ、でも貴方を満足させられる相手は滅多にいないとは思うけど。
まあ何にせよ嬉々とした表情で、お得意の武器を奮って敵を咬み殺すに違いない。
こちらが嫉妬してしまいそうな極上の笑みを、獲物の前で浮かべて。
彼が為す血狂いの殺戮を楽しそうだ、なんて思う俺も相当イカレてる。


「途中で止めないでよ、何かムカつく」

「だって俺にもわからないですし」

「……君、咬み殺されたい?」

「謹んで遠慮致します」


形式的に敬語を使えば、貴方はひどく不機嫌な様子になった。
俺が自分で作ったのだが、この殺伐とした空気は非常に辛い。
沈黙さえ室内の零下を速めるだろう。
これならまだ、黒曜のメンバーに囲まれていた方がマシかもしれない。
普段は無表情だけれど癒しの雰囲気を持つ彼女がいれば、黒曜の空気はまだ穏やかになることだろう。
少なくとも、呼吸一つさえ儘ならない状況……にはならないはずだ。


「ねえ、なんでそんなこと言い出したのさ」

「うーん……なんで、でしょう?」

「ちょっと「――貴方の笑った顔が見たかったのかもしれませんね」


深く考えずにあっさりとした返答をすれば、貴方は目を丸くしていた。
風紀の鬼と畏れられてる貴方にしては、間抜けでらしくない顔。
珍しくわかりやすい変化だったから、俺は思わず笑ってしまって。
そうしたら、すぐに睨まれたけど。
嗚呼、本当に扱いにくい黒猫。


「理由になってない」

「じゃあ、貴方の泣いた顔が見たかったから――とか?」

「だからなんで僕が泣かなきゃいけないの」

「え、だって……」



――貴方の色んな表情を見たいからっていう理由で、ダメツナと呼ばれてる俺が人を殺すんですよ?



貴重じゃありません?なんて笑ったら、俺の身体は引き寄せられて貴方の腕の中に収まってしまった。
様子が知りたくて顔を上げたけど、後頭部を抑えられて胸の中に押し潰されて叶わず。
まるで、見るなとでも言うように。
だから俺には、今貴方がどんな表情をしているのか知る術がなくて。



「――」



ぽつりと零された言葉は弱々しく。
それでも俺の耳は容易に拾ったから、安心させるような笑顔を向けて頷いてみた。
貴方の頬を伝う生温い水は、見なかったことにして。
それがプライドの高い貴方への思いやりってやつだと、わざとらしく自分に言い聞かせて。











変わらないであげますよ、貴方が望むなら。
なーんて、そんな殊勝な性格に見えますか、俺?















fin

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