うらぎれない、このこころだけは 綱雲前提骸雲10年後で死ネタ


一部歌詞インスパイア→『魔法使いサラバント』











★★★★★★★★★★


「……理解して、いるんでしょう」


彼の左腕からポタポタと滴り落ちる紅。
自ら刻んだのであろう傷は深く。
手当てをしようと近づいても、冷たい漆黒の瞳は全てを拒絶する。
下手に刺激すれば、右手に収まっているナイフが彼の腕に再び傷を作るだろう。
ただ一人、今は失われた者以外全てを――拒絶してしまうから。



「君の恋人はもう死んだじゃないですかッ!!」

「死んでない。彼は何処かで生きているよ」

「恭弥ッ!」

「気安く名を呼ぶな。その名を呼んでいいのは彼だけだ」



求める者は失われてしまったのに、その心は変わらずただ一人を想っていて。
何かに執着することなんて似合わない彼が、周りからもわかるほどあからさまに、それは――。





――失われたモノの為に願うより、今目の前にあるモノを見つめて。





いつかどこかで聞いた曲が頭の中で流れる。
ひどく残酷な歌。
失ったからといって、諦め切れるわけがないのだ。
想いが深ければ深いほど――その結びつきは強く。
引き離された魂は、片割れを強く求めて心を焦がすだろう。
他の入り込む余地などない。
まったくといっていいほどに。
それでも今目の前にあるものを――なんて死んだ奴のエゴじゃないか。
自分が同じ立場に、遺された者の立場に立っても尚同じ言葉がほざけるか。
なんてエゴイスト――それを知らず、死者は生者を別の意味で縛りつける。
馬鹿馬鹿しい。
去る者は日々に疎しという言葉もあるが、そんなものは現時点で何の気休めにもならない。
ましてや目の前の彼は――愛した者を追って死にたがっているのだ。
故に平気で己の身体に傷を刻める。
ここまで追い詰められている人間に下手な慰めは不要だ。
むしろ邪魔だ。
それに口を開けば、己は見下したようなことしか言わないだろう。
伝えたい言葉とはまるっきり正反対だ。



「……雲雀君」

「ねえ、六道。僕は自分でも愚かなことをしていると思ってるよ」

「……」

「こんなことをしても彼に会えるわけじゃない。それでも――彼がいない世界で生きる意味はないんだ」



少し冷静になったのであろう彼が口を開く。
理解はしているのか、彼の死を。
それでも受け入れることができない。
生きていれば再び出会う可能性もあるだろう。
しかし確証はない。
輪廻は誰にでも訪れるが、その時期を予測することなど不可能だ。



「……僕、が」



言いかけて口を閉じる。
彼が求めているのは、ここにいない人間であって僕じゃない。
生存理由となる鍵が失われたのなら、誰もその代わりにはなれないのだ。
裏を返せば……対処法は一つに絞られる。



「君が旅立つなら、僕も逝きましょう」

「は? 君、何言って……ッ!!」



僕は自分の喉元に、携帯型の三叉槍の先端を突きつけた。
彼の顔色には一瞬動揺が走ったが、すぐに凍りついた冷め切った眼差しを向けて呟きを洩らす。



「……馬鹿じゃないの、君」

「雲雀君と同じことをしてるだけですよ」

「……おな、じ――なんかじゃ「違わないですよ。沢田綱吉が死んだから、君は彼の後を追って死ぬんでしょう? 僕もそれと同じです。君が死んだ後で、これを突き刺すだけなんですから」



クフフと不敵に笑った僕に、彼は端整な顔を盛大に歪めた。
忌々しい、憎らしい、そんな負の憎悪が肌を突き刺してくる。
しかし責められる謂われはない。
目には目を、歯には歯を、ならば――。



「……最悪。わけがわからない」

「それでもいいですよ」



非難する彼の言葉も殺意も受け止める。
理解されなくてもいい。
所詮は自己満足。
このまま彼を失いたくない、死者に奪われたくないという……愚かな執着。
彼は暫く黙り込むと、小さく吐き捨てた。



「僕は君が嫌いだし、今でも咬み殺したくて仕方がないんだ」

「それでも「だけど、君が死ぬのは……まして僕の後を追うなんて――絶対に嫌だ」



――許さない、と。
そう告げた黒真珠は鋭く煌めき。
恐らく彼自身も混乱しているのだろう。
ただ一人だけを想う純粋な心に、異質が混ざってきたことによって。
孤高の気高さは既に失われている。
誰も寄せつけないために、沢田綱吉に焦がれ続けるために張られた防御壁は――脆く崩れ去ってゆく。
まるでメッキが剥がれ落ちるように。
その様は痛々しく残酷で。



「……君は、ずるいよ」



彼が握り締めていたナイフが、鈍い音を立てて床に落ちる。
表情は今にも泣きそうで、けれどそれを必死に堪えていた。
弱味を見せたくないのだろう。
宿敵だと思っている相手に曝すには、屈辱的な様だと思っているのかもしれない。
直視できず三叉槍を落として彼を抱き締めれば、黒真珠からは……一雫の涙。



「……すみません、雲雀君」

「っ……ゆる、さ……な、いッ!」



彼は潤んだ瞳で睨みつけた後、僕の胸に顔を押しつけて泣き声を殺していた。
――許さない。
それは勝手に抱き締めたことか。
それとも死という逃げ道を屁理屈で塞いだことか。
……それ以前に、彼の柔な心に土足で入り込んでしまったことか。
知らなければ、きっと彼は楽だったのだろうけど。














――それでも僕は、彼を失ってしまうのが怖かったんです。
















fin
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