かんじょうなんて、しりたくなかったよ ジョット×アラウディ


「なぜ……泣、く?」

「っ……」

「自由になりたいのだろう? 私の雲……」



痛い、痛い。
彼が呼ぶ名を聞く度に、頭が割れるように痛くて仕方がない。
どうして、どうして――こんな、こんな残酷を……。


「雲……?」

「あな、たが……くるわせた――ッ!!」



“私の雲”
彼はいつからか、僕のことをそう呼ぶようになっていた。
そう呼ばれる度に、お前は私のものだと、そう何度も言われている気がした。
恐ろしい、それは身震いを通り越して。
けれど嫌悪は感じない。
むしろ心地好く思ってしまう。
一体何が、彼の何が僕を狂わせた?



「く、も……「ねえ、その呼び方は嫌だ」

「?」



君は困ったように首を傾げる。
お得意の超直感とやらでも使えばいいじゃないか。
けれど彼はそれを望まない。
きっと笑って言うんだ。
私はお前と、一人の人間として向き合いたいのだ――と。
なんて愚か馬鹿げたこと。

それでも君は正直だから、本当に、馬鹿みたいに。





『――お前は、望んでいなかったのか?』



がっかりとした、すまなそうな顔をした彼を思い出す。
勝手に心を読んで先回りして、いつも僕の一歩先を歩くからそれがムカついて許せなくて――。



『勝手に決めつけるな。君の行為は迷惑だ』





僕なりの抵抗だったのかもしれない。
何もかも見透かしたような彼が――嫌いで仕方がなかった。
あれ以来、彼は一度も僕の心を読んでいない。
先回りすることもなくなったし、僕を苛立たせることもなかった……はずなのに。





『私の、雲……』





「気に入らないっ!!」



僕は幻の、昔の記憶に苛立ち、ジョットの頬を叩きつけた。
まるで子供の癇癪だと自分でも思う。
彼の全てが気に入らない。
だけど嫌いではない。
いつも追ってしまう。
こんな執着、僕は持っていなかったはずなのに。



「く、も「僕の名前は雲じゃないっ!!」



ああ、イライラする。
行き場のない激情に翻弄されていると、彼は僕の頬を撫でて微笑んだ。
極上の、憎たらしさで。



「――そう拗ねないでくれないか、アラウディ」



――アラウディ。
それは僕の本当の名前。
彼がそう呼んだ時、僕の心にじんわりと何か温かいものが入り込んでいく気がした。
満たされる、ような。
ただ包み込むよう、な。



「――ジョット」

「名前で呼んでほしいなら、そう言えばよかったのに」



彼が綺麗に笑った瞬間、僕はやっぱり思い知らされる。
自分よりも彼の方が、よくわかっているのだ。
ソレは別に超直感という大それたものではなくて、もっと別の――そう、何かが。



「――意地が悪いよ、君」

「口で言ってくれなきゃわからないだろう」

「……化け物のくせに」



僕の皮肉めいた一言に、彼はビクッと反応し、眉を細める。
しかしすぐに穏やかな雰囲気を持ち、裏社会の人間らしくない甘さで応えた。



「それでもオレは、お前の前では人間でいたいんだよ」





――ああ、本当になんて厄介な大空なんだろう。











(気づいているか? 一番厄介なのはお前だよ)





大空を司る男の呟きは、しかし誰の耳にも届かない。













fin

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