唾棄した心は血狂いの騎士となりて 骸綱 10年後


「汚れないで、俺の愛しい姫君……」



嗚呼、僕はいつまで貴方からこの言葉を聞けばいいのでしょう―――――






「ボンゴレッ!」
「ああ、どうしたの?俺の愛しい姫君」


執務室の扉を慌ただしく開けた青年…六道骸が見たのは、右頬に大きな傷を作り左腕に包帯を幾重にも巻いている部屋の主…沢田綱吉の姿だった。

骸は頭を抱えながらも舌打ちをし、綱吉に近づくと右頬を勢い良くひっぱたいた。バシンッという力強い音が執務室に響き渡る。


「っ…いったぁ……」


傷のある頬を直に叩かれたせいか、綱吉の表情は半端無い痛みから歪んでいた。おまけに傷への衝撃から痂が剥がれ、頬から血が伝い落ちて机の書類を汚す。


「あーあ、汚れちゃった。むーくーろー、どうしてくれんだよ」
「この直感馬鹿ッ!どうして貴方は一人で敵地に乗り込むんですかッ!忠犬が気付いて守護者を総動員させたから間に合ったようなものの…」


骸は机をバンッと叩き、偉そうに足を組んで椅子に座っている綱吉を一喝した。現在綱吉が酷い怪我を負っているのは無謀な単独行動の結果だ。
それでも骸は、最悪の場合命を落とすところだった…とまでは続けない。


「麻薬の製造を主とする奴等は目障りだったしね。害虫駆除だよ。姫君達は俺に守られてればいい」
「逆です。貴方が守護者に守られるべき存在でしょう?」
「あははははははっ!ねえ……本気で、本気で言ってるの?」



綱吉の嘲るような笑い声で、部屋の空気が一瞬にして凍った気がした。追い打ちをかけるような問い掛けの答えを骸は持ち合わせていない。それを知りながら綱吉は続けるのだ。


「上層部の奴等の裏切り、こっちの情報は敵に筒抜け。結果的に傷つき倒れ伏した守護者達。それを助けたのは………だあれ?」


まるで無邪気な少女のように、純粋無垢を体現する娘のように、綱吉は骸に問い掛けを寄越す。血と殺意に狂った笑みは、汚れながらも麗しい騎士を生み堕とした。


「……僕が……いれば…あんな奴等―――ッ!」




ボンゴレ内の上層部数人が裏切り、敵対していたファミリーに情報を流したことを綱吉は酷く悲しんだ。裏切りの理由は、綱吉をボンゴレのボスと認めたくない……ただそれだけの、本当に本当にくだらない些末なこと。

しかし、説得を試みようとした綱吉を庇い凶弾に倒れていく守護者達を前にして、綱吉の中で何かが壊れ弾けた。異常な瞬発力と攻撃力で、群がる雑魚を死炎で完全に焼き尽くしていく。骨の欠片一つ残して逝くこと許さずに。

あの日は、今まで何があっても人殺しは避けていた綱吉が、初めて人を殺した日。同時に植え付けられたのは、正解と不正解を孕む呪咀。





“皆は俺より弱いから俺が守らなきゃ―――”





芽生えた血狂いの騎士の決意は徐々に、しかし確実に綱吉を絶対的守護の立場へと追いやっていく。骸がそれに気付いたのは、任務を終えてイタリアにある本部に戻って来てからだった。


「10年前負けただろ?俺より弱いじゃんか」




あの日から、綱吉は自分より弱い者を“姫君”と呼んで大切に守っている。ファミリーは勿論、抗争に巻き込まれ親を失った哀れな子供達も、全部全部綱吉にとっては姫君だ。




「骸?黙ってないで何か言えば?」
「………君なんて死んでしまえばいい」
「うん、俺もそう思うよ」



躊躇無く即答する姿は、憤怒を通り越していっそ清々しく思える。その次に続く台詞は決まっているのだ、嗚呼なんて馬鹿馬鹿しいと骸は自嘲せずにはいられない。




「俺が死んだら誰が姫君達を守るの?」




存在理由がただ一つであるかのような疑問。端から見れば自惚れとも取れるが、綱吉はいつだって本気だった。


「貴方は馬鹿ですよ。騙し合いの世界なんか向いてないんです」
「今更言うなよ。俺は愛しい姫君達を救えることに満足してるんだから」




偽りの満足を真に変えて、それでもこの世界でしぶとく生き延びるならば――――どんなに壊れた様だろうと綱吉は心中で笑った。




「貴方が望もうと望むまいと、貴方を守る者は星の数ほどいるでしょう。僕はそれらの一部に加わるつもりはありません」
「うん、俺がお前を命に代えても守るよ」
「自惚れるな偽善者風情が。脆弱な貴方に守られるつもりもありませんよ」



嘘、嘘、嘘、全部嘘だらけ。壊れた相手に本心は伝わらないと知っているから、骸は敢えて嘘を並べ立てて真実を覆い隠す。
綱吉の表情は微塵も変わらず穏やかだ。何も知らない振りをしているのか、若しくは本当に知らないのか。





―――その嘘に気付けば終わる、それは僕達が定めた暗黙の揺るぎない領域―――





fin

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