黒き純粋、盲目の絶対愛 3


突き刺さる現実に、部屋は再び静寂を取り戻した。骸は興が醒めたように皆に背を向けると、ドアノブに手をかけてドアを開く。瞬間、暫く沈黙を貫いていたリボーンが低い声で骸の背に小さく問い掛ける。


「戻らないのは“おまえの知る大空”も…なんじゃねえのか?」
「…………ええ、そうかもしれませんね」


演技か本音か、骸はどちらとも取れるような薄い笑みを向けてから部屋を後にした。音も無く静かに閉まるドアが、これ以上の詮索を拒絶する。触れたくないのは、鍵をかけて閉じ込めてしまいたいのは、きっと骸も同じなのだろう。





綱吉がいると思われる場所に向かいながら、骸はリボーンの最後の問い掛けについて考えていた。少なくとも、自分を水牢から解放するため必死に交渉を続けていた時は……まだ大空だったのだ。




『骸!大丈夫?ようやくお前を迎えに来れたよ!』




両目を真っ赤にし、クマを作って酷い顔をしながらも、綱吉は骸を見て優しく笑いかけた。仲間を助けることができたと。例え昔は命を狙った者だとしても、救えたことを綱吉は心から喜んだ。

とんだお人好しの馬鹿だと……あの時骸は思ったけれど。今では少し、あの馬鹿さが懐かしく思える…





「ボンゴレ、ドアを開けますよ」


骸は目的の部屋の前まで来ると足を止めた。ノックはせず、しかし声だけはかけてからドアを開ける。本当なら足を踏み入れたくない…雲雀恭弥の部屋に繋がるドアを。



瞬間―――――部屋中に漂う僅かな血の香に骸は血相を変え、部屋の奥へと全速力で走り出した。


(…まさか、……まさか―――!)


絶対にありえないことでは無かった。あれだけ異常に愛という魔物に狂っていたならば。全てを捨てて雲雀恭弥だけを見ていたならば。でも、心の何処かで骸は信じていたのかもしれない。



彼が自ら命を絶つことなどしないと……




「沢田綱吉!…なっ……っ…!」



寝室へと続くドアを開けた時、骸は視界に入った光景に背筋が凍るような悍しさを感じた。
ベッドに散らばるのは、おびただしい黒い血痕と真新しい赤い雫。眠り姫に持たされたナイフの先には……幾多の傷が刻まれた綱吉の右腕。死を望んだにしては傷が浅く、躊躇い傷と呼べるモノでもない。


「これは………ッ」


これ以上関わるなと、骸の本能が警鐘を鳴らした。そのせいか、綱吉の凶行を止めたくても止められなかった。否、冷酷非情な骸でさえも…判断したのだ。触れてはならない、聖域且つ禁域だと。



狂い人が右腕を雲雀の顔の上にかざすと、滴る血が雲雀の唇に堕ちた。綱吉はそれを確認してから優しく呼び掛ける。まるで眠り姫の目覚めを待つ、童話の王子のように。


「ねえ、いつになったら目覚めるの?あなたは望んだでしょう。もし自分が永遠の眠りに堕ちたら、君の血で目覚めさせて…と。僕の手で傷をつけて、滴る君の血で目覚めさせて…と。童話のお姫様みたいな、ロマンティックなキスは邪魔だと、あなたがオレにそう言ったから――――」





狂気に終わりはあるのだろうか。どこまで堕ちれば底が見えて来るのだろうか。先に狂ったのが誰かなど、何の意味も持たない問い掛けではないのか。




「沢田綱吉……」
「ねえ、オレは…どうしてあの女達を殺しちゃったんだろうね。生かしておけば、あなたを救えたかも……ううん、あなたはそれを嫌うか。だって、それはあなたとの誓いを破る行為。あなたが眠りに堕ちたなら、誓い通りこの血で……「もう止めてください!」



綱吉の言葉は最後まで音にならず、続けられるはずの言葉は背後から抱きしめた骸によって遮られた。



(…何故、何故……彼は……夢に堕ちても、君を、君を捕え続けるんですか――――ッ!)



「誰?」


何かが自分の身体に触れた瞬間、綱吉は初めて傍に誰かがいると認識した。何故なら綱吉には骸が見えていなかったからだ。綱吉は愛する眠り姫以外、視界に他人を映すのを止めてしまった。今の綱吉には、感触だけしか他人を認識する術が無い。


それでも、声だけは、想いだけは彼に届くように願って、骸は唇から言葉を落とす。



決して報われない、白く純粋な愛の言葉を。綱吉には優しすぎる、残酷な愛の言葉を。



「……ずっと愛しているんです……君を、君だけを、誰よりも……心から…」

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