「何だよさっきから。馬鹿馬鹿って馬鹿の一つ覚えみたいに」
「君が『馬鹿の一つ覚え』なんて高度な言葉知ってたんだ」
「馬鹿にしやがって」
「“力”で勝負するかい?僕よりランクが10個も下の君が僕に勝てるはずないけど」
「いいぜ!やってやるよ!あとで後悔しても知らねぇからな!」
やる気満々な幼なじみを前に、美園をため息をついた。
「そんなことしてる暇ないんだろ?挑発に乗りやすいところも変わらないなんてほんと子供だな」
「数ヶ月でそう簡単に変わるか!んだよ自分は何年も対人恐怖症直んねぇくせに」
「仕方ないだろ?幼い頃のトラウマが原因なんだから」
「お前はいつもトラウマトラウマって……。言い訳してる暇あったら少しは改善する努力しろよな」
「君も僕のこと言う前に少しは努力したら?そんな余裕ない性格だったらそのうち誰かに“聖火”の称号奪われちゃうよ?」
 二つ名は、何百人といる学園の生徒の中で、20人だけが持っているものだ。此処にいる6人は、皆その20人の内に入っている。
「んな間抜けなことしねぇよ」
 聖霊学園は初等部から高等部まであり、それぞれが上級クラス、中級クラス、下級クラスの3つに分かれている。各クラスごとに一人一人、部に関わらずランクが付けられる。例えば瑠璃は上級クラス第3位だ。
「その『間抜けなこと』の先駆けにならないといいけどね」
クラスやランクは“力”そのものの強力さ、そして本人による“力”の制御力などによって変わってくる。
「絶っ対ならねぇよ!!」
 そして、上級クラス第1位から第20位までの20人に二つ名が与えられるのだ。
「いつまで喧嘩してるつもり?何で貴文といいグループ長といい誠也を挑発するかなー?」
「お前は『喧嘩する程仲がいい』『いやよいやよも好きのうち』ということわざを知らんのか」
 何処からともなく聞こえてくる声に、空気が凍りついた。
「チッ、ったく。僕を馬鹿にするのもいい加減にしろよ糞親父。僕は天才水野瑠璃様だ!!そんなことわざ知ってるに決まってるだろ!?」
 牙を剥いてやまない娘に、姿を見せず声だけの父は溜め息をついた。
「……聖霊学園高等部上級クラス第4斑の諸君、我が娘瑠璃含め“仕事”中だった者もいるだろう。今日学園に戻って来て貰ったのは他でもない、グループ仕事の為だ。詳しいことは我が愚息、瑠音(ルネ)に説明させる」
 結局、学園長は姿を見せることなく話をするだけして立ち去ったようだった。
「あぁもう全てがいけ好かない!!何で重要なことは人任せなんだよ糞親父は!!ってか何?瑠音兄ぃ帰って来てるわけ?あーもうほんと調子狂う!!ふざけんな糞親父!!」
 その場にはいない一応実の父親に、瑠璃は文句をまくし立てる。瑠音兄ぃ、とは瑠璃の兄の水野瑠音のことだ。瑠音は教師をしている反面、学園の情報屋という立場だ。東に虐めの酷い学校あれば行ってそれとなく調査し、西に喧嘩の多い学校あれば行ってさりげなく調査するという生活を送っている。因みに瑠璃より8つ上の24歳である。
「んだよ俺が帰ってちゃ悪いかーあ?」
 不満そうな声で3階から顔を覗かせたのは、スーツを着崩して赤縁眼鏡をかけ、瑠璃よりも色素の薄い瑠璃色の髪の、ほんの少し長めのふわふわした毛先をちょこんと頭の後ろで赤いゴムでくくった男だった。
「げっ、瑠音兄ぃ…」
「んなあからさまに嫌そうな顔すんなよなぁ。せっかく協力してくれる、っていう心優しい後輩くんたちが来てくれた、ってのに」
「は?」
 後輩が、何だと。
 聖霊学園に先輩後輩という概念はない。“力”の強力さ、制御の有無がものをいうこの学園で、年齢など関係のないことである――実際瑠璃は上級クラス3位……すなわち学園で3位という実力を持っている。瑠璃の上にいるのは高等部3年の男と女。因みに、二人とも瑠璃の知り合いであった――。
 しかしそれがどういうものかぐらいは知っている。“仕事”先で上下関係がしっかりしている学校に行けば、そういうものなのだと思う他ないのが、瑠璃のように初等部から入学した者の宿命だと思っていた。なのに。
「…後輩が、何だって?」
リゼ