ごめんもう笑えない





その日の午前はお天気のお姉さんが言っていた通り、晴れていた。午後からは曇りで通り雨のところもあるかもしれない。って言っていたのも思い出す。一歩前では確かに、雨が音を立てていた。



「あー!ハルも今帰りっ?」



そんな空とは裏腹に明るい声が聞こえたから、あたしは反射的に振り向いた。予想通り、太陽みたいなあいつがいた。



「和樹、」

「…やべ!傘、教室だ!」



慌ててがさがさ鞄の中を漁る間抜けな和樹の格好に、思わず笑った。見慣れた姿も和樹なら見飽きない。そう思ってるあたしは、重傷なのかもしれないと思う。



(いや、完ペキ重傷か、)自分に対する苦笑いが出る。重傷なのは、確かだ。鈍感で、真っ直ぐな和樹から、あたしは目を離すことが出来ない。和樹があたしを見てくれるその短い瞬間に、期待を持ちながら。





「傘、あるよ」

「ほんとに?!…お願い、入れて?」

「いーよ。はい、和樹」

「じゃ、帰ろっか」

「…?…や、あたしは、」

「何言ってんの、ハルが濡れちゃったら意味ないじゃん」



ほら、帰ろ。いつの間にかあたしの花柄の傘を開いた和樹に、そう言われた。



(…ほんと、)わかってないんだろうな、と思う。和樹は狙ってこんなことを言っているわけじゃないってことも、あたしが濡れるのをわかってて傘を独り占めするようなヤツじゃないってことも分かってる。それでも、あたしには嬉しすぎて。



(わかってないって、わかってる、けど)



あたしはずるいヤツだ。素直にあたしを雨に打たせたくない和樹に密かに、けれど大胆な下心を持ってる。そんな下心を和樹に言うことも、出来ないくせに。



「…うん、帰ろっか」










「あ、こないださ、コンクールあったでしょ」

「うん、」

「そんときに普通科から出た子、覚えてる?」

「ヴァイオリンの、子?」

「そうそう」



ちく。って心臓に何かが刺さった感覚は、誤魔化せなかった。あたしの悪い予感は、ほとんどの場合、当たる。願ってもみない最悪のスキル。



「日野ちゃんてさ、すっげー良い子なんだよね」



(……ほらね)悪い予感は、当たる。一喜一憂って、こういうことだ。さっきまでのあたしの嬉しさは嘘みたいにどこかにいってしまった。


もう何度聞いただろう和樹の「良い子」の話。和樹の口から出る「良い子」は少なからず好感のある人ばっかりだった。あたしは和樹の友達、だから、一番近いところでその話を聞く、とても残酷な立場にいた。笑顔で話す和樹はほんとうに真っ直ぐで、鈍感すぎて。その度に襲われるちくりとした感覚に、涙が出そうになる。



「ハルも話してほしいな、だってさ日野ちゃんてさ」



いつまで耐えれるのかな。ずっと考えてた。でも、あたしの小さな心臓に、トゲの刺さる場所はもうない。



「あ、そうそう。コンクール中に日野ちゃんが」

「ごめん」



冷たい

って感覚は、なかった。




傘から出て謝るあたしの頬に流れてる涙に、和樹はきっと気付かない。



「ハル、」

「…ごめん、ね」









あたしの下心のせいだっていうのはわかってる。

でも、

(ごめん、もう笑えない)




09.10.14
-------------------
お題は確かに恋だった様より


なんだか長くなりました。
気になる部分もあるので、
違和感があれば少し
修正します。


火原くんとは幸せな恋愛
をしてほしいな、と思いつつ
絶対ね、辛いときもあると思うんです。
恋多き男じゃないかっていう
想像であります。



戻る


リゼ