「う゛〜っ…ひっ、…」 金澤先生のいた音楽準備室を飛び出して、あたしは前も見ないで走るのをやめなかった。どうせ、目を開けたところで、滲む視界はぐにゃぐにゃの廊下しか映してくれないだろうし。 (先生、ごめんね)先生からしてみれば、ただストレートに思いをぶつける方法しか知らないあたしは、子どもにしか見れないのかもしれない。子どもは先生を好きになっちゃいけないなら、早く大人になりたいよ。 走り疲れた足はいつの間にか止まっていて、お尻に冷たい感覚があってからやっと自分が廊下に座り込んで泣いていることに気付いた。 はたから見たら、服だけが高校生だ。こんな姿じゃ、大人になんて、なれないよ。 「……う、ぅええっ……」 「………ハル?」 ----ぽん、と頭の上に優しい感覚があって、あたしの涙は余計に止まらなくなる。 それを見て先輩はちょっとだけ溜め息をついて、だけど頭を撫でてくれるのを止めなかった。 廊下であたしを見つけた柚木先輩は、何も言わずに屋上へと連れてきてくれた。ベンチに座って、先輩が肩を抱くようにしてあたしを引き寄せて、肩を回したまま頭を撫でた。 「酷い顔だな…、全く。そんなんじゃ誰も拾ってくれないよ」 「っ、ひっく……柚木、せんぱ…」 「目を擦るなよ。…まぁ、真っ赤に腫れたお前の目をからかうのも、面白そうだけどね」 くすくす、とあたしの斜め上で先輩が笑う。そんな先輩の悪態さえ優しく思えて、右手が掴んだ先輩の整った制服にシワが寄った。 「…………せんぱ、い」 「うん?」 「…大人って、どうやったら、なれますか…?」 「…………大人…?」 突然の質問に、柚木先輩の言葉が詰まる。あたしにとっては、大真面目な質問。 先輩の顔が間近にあって内心どきりとしながら、でも見上げて答えを待つ。 「面白い質問だな。…ふふ、大人なんてなろうと思ってなるものではないよ。¨大人ぶる¨ことは出来てもね」 「…そういう、ものですか…?」 「それとも…」 不意に、頭の上からぬくもりが消えて、あたしの顎に先輩の手が添えられた。至近距離の先輩は、余裕があるような、ないような微妙な顔に見える。 ・・・・ 「お前はこういう意味で聞いたのか?」 視界が、真っ暗になる。 先輩の長い睫が一瞬瞬きしたと思えば、唇に柔らかい感触がした。そのままあたしの舌を先輩の舌が器用に絡め取っていく。あたしは時々息が出来なくて息と一緒に声が漏れた。 しばらくして、先輩の唇が余韻を残してそっと離れていく。 「……悪いけど、お前に涙目でそんな質問されて、我慢出来るほど俺は出来てないよ」 「せんぱ…」 「大方、金澤先生に相手にされなかったんだろう?」 ぴく、と無意識にあたしの肩が跳ねる。 「立場の意地…ってとこか。俺だったら絶対にモノにするけどね」 「っ……」 「これだけやってるんだ。¨わからない¨…とは言わせないよ?」 先輩の初めてみる、真剣な顔。いつもの余裕が感じられなくて、ちょっとだけいつもと違う怖さがある。音楽準備室を飛び出す時に言った言葉を思い出して、まさか本当になっちゃうとは。なんて、少し抜けたことを考えていた。 「あの、先輩…」 --------ガチャンッ、 (→) |