誘惑ヘリアンサス



(何なんだ?)








「何が」

「え」

「俺がお前の考えてることわからないとでも思った?」

「(怖っ。まさか超能力の持ち主?)」

「………苛められたいみたいだね?」

「いえ、そんなつもりはかけらも。」

「お前の表情見てれば、何考えてるかくらいわかるよ」



ふっ、と目を伏せて先輩が笑う。そんな仕草にちょっとどきりとする。



今日は珍しく柚木先輩からあたしをお昼ご飯に誘ってきた。いつもならたまぁにあたしから誘うくらいで、あんまり一緒に食べることはない。ほんとなら毎日一緒に食べたいくらいだけど、やっぱりほら。先輩も一応受験生だし、休み時間を惜しんで勉強することもあるのかも。なんて思いながら先輩は学校ではきっと勉強する素振りなんて見せないんだろう。お前らは休み時間勉強しなきゃ間に合わないんだろ、みたいにあざ笑ってるに違いない。



「……ふーん。お前の中の俺はそういう感じなわけねぇ」

「あ」

「ほんっと学習能力ないな」

「…………ごめんなさい。」

「っていうか、…そんなに俺と昼食べたかったの?」



え?







あたしはがばっと顔をあげる。当然目の前には若干にやにやして(ても絵にな)る柚木先輩の顔。この人ほんとに超能力使えるんじゃないのかな。本気でそう思った16の秋。



「俺と食べたかったの?」



さっきよりも強い語調で、しかもさっきよりも近くで、そう言われる。


いっつも柚木先輩はこうだ。わかってるくせに、直接あたしに言わせようとする。そういってくる先輩を断れないのも知ってるくせに。



「…あたり、まえじゃないですか」

「ふーん」



意を決して言った言葉に先輩はそれきり。なんだよ、ふーんて。あたしは先輩が好きでだから一緒にいたいのに。それをふーんってさ。なんなの!もう。


だからどうにかして先輩に仕返ししてやりたくなって、お弁当を食べる姿さえ優美な先輩に向かって睨みをきかせる。けどどうやったって仕返しなんか出来やしないんだろう。だから、ちょっとだけ不安なことを聞いてみた。



「せ、先輩は…」

「なに」

「…どーせあたしとお弁当食べたくないんでしょっ」



ちょっだけびくびくするあたしに、先輩は珍しく一瞬、きょとんとした顔を向けた。けれどすぐにきゅっと眉を寄せたいかにも不機嫌な顔になる。そんな珍しい表情に驚きの声を短くあげると、先輩の綺麗に持っていた箸がかちゃり、と置かれる。



「ハル…」

「は、はい」

「お前がそこまで馬鹿だったとはな」

「え、ぇえ?」



はぁ、とため息を吐かれる。



どういう展開?



「手出せ」

「手…?」

「違う、両手」



言われた通りに両手を隣りにきた先輩に向かって差し出す。



「おわっ!?」







その瞬間に、世界は一気にあたしに向かってきて。気付けばあたしは先輩の腕のなかで先輩を見上げていた。なんだか目の前がちかちかする。先輩の髪が頬に触ってくすぐったい。



「もっと可愛い声だせないの?」

「せ、せんぱいなんかエロい…」

「へぇ、したいの?」

「そ、そんなわけっ」

「冗談」



くす。目が全然笑って、ない。



「先輩…?」

「ねぇ、さっきの本気で言ってる?」

「え?」

「俺が、お前と昼食べたくないってさ」



先輩の細くて長い指があたしのあごをちょっと持ち上げる。先輩に寄り掛かるみたいにしてるあたしはなんだか恥ずかしい。でも先輩から逃げられない。

先輩。その続き期待してもいいですか?



「……俺はお前といるの………楽しいよ?」

「柚木先輩…」



くす、って今度は優しい笑顔。間近でそんな表情を見せられて心臓は跳ねる一方。
なんだかなぁ、このギャップ。悔しいけど、あたしはこの人が好きで好きでどうしようもないらしい。



「ハル」



名前が呼ばれて段々と先輩の顔が近付いてくる。(え、心の準備がぁ)まぶたをきつくしめて、きっと今のあたしはぶさいくなんだろうなって思った。目を閉じたって綺麗な先輩には足元にも及ばない。





けど、いつまでたっても何も起こらなかった。



「当たり前だ」

「いたぁっ」



おでこにでこぴん。先輩にはまるで似合わないそんな攻撃に目を開けると、憎たらしいほど笑顔の先輩がいた。さっきまでの不機嫌な表情はどこへ行ったのやら。



「キスされると思った?」

「なっ!!」

「残念だったね」



ああ、どうしよう。
きっとこの人に振り回される運命なんだな。
柚木先輩に悪魔のしっぽが生えてるように見えるんだけど。気のせい?



「一回しか言わない」

「え?」



あたしの髪が無造作に掬いとられて柚木先輩の口許にもっていかれる。微かに上がった唇に優しくくちづけを落とす。








「お前以外に俺はやれない」







ああほんとうに。



なんでこの人はこんなにあたしを好きにならせるのがうまいの。







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((食べたくなかったら誘うわけないだろう…………なんて絶対いってやらないけど。)

(………あっ、今先輩なに考えてるかわかりました!)

(………ふぅん、なんだと思ったの?)

(“あー…俺なに言ってんだ。ハルが可愛くてつい……”)

(……お仕置が必要みたいだね)

(わーっ)

(お前のくだらない妄想に付き合っている暇はないよ)



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