小沼の畔のアトリエで

白樺の小道を抜けると小沼があり、そのまた奥に木造のロッジがあった。

とても、俺らみたいなおじさんが2人で暮らしていたとは思えない。ロマンティックで、まるで物語に出てくる家のようだった。
もっとも立地的には、店も駅も何もかもから離れていた。

それでも、ここが良いとあいつは言った。

2人で暮らすならここが良い、と。




あいつは変人だった。
高校の頃からそうだったし、本人も生まれた時から今のままだったと言っている。


某企業の御曹司で、生徒会長までやっていた俺と、変人で有名な美術部の部長であるあいつは正反対の性格だったが、不思議とウマが合った。

俺は俺で、将来は親の跡を継ぎ、経営者になると信じて疑わなかったし、奴は奴で自分は画家になって野垂れ死ぬと信じて疑わなかった。

そしてそのことをお互いに馬鹿にしていた。
似た者同士なのか、全然似てないのかよくわからないが、とにかく高校の頃からお互いを片割れだと思っていた。

あいつは絵に変なポリシーを持っていて、自分がシンパシーを感じたものしか描かない。それで、描く絵が空きカンだったり、腐りかけのキャベツだったりしたから笑えた。
そして、奴が人物画を描くのは俺だけだった。




高校卒業後、全く別々の道を歩んだ。
あいつは放浪の画家に、俺は経営者になる為に。


長い間会わなかった。
会わなかったが、やはり何処かでいつもお互いを思っていた。



奴と再会したのは、驚くことに高校を卒業してから実に20年後だった。

それなのにあいつは「久しぶり」と、かつて毎日見せていた笑顔で俺の元へ帰ってきた。


「アトリエを間借りしたいんだ」とあいつは言った。当時ちょうど俺は、父から不動産の分野を任されたばかりだった。
好きなものを選べと何件か資料をピックアップして見せた。親友のよしみで格安で貸してやろうと、素晴らしい立地の素敵な家を選んだ。

しかし、こいつはどういうわけか。
小沼の畔の小さなロッジを選んだのだった。



やはり変人らしく、人里離れた場所が好きなのか。奴はそこでの暮らしを気に入ったようだった。

月に一度は俺もそこに行き、デッサンのモデルをしながらゆったりとした時間を過ごした。





病魔に冒されている。
そう深刻されたのは、35歳の健康診断だった。若いうちは進行が早い。
自分がどれだけ治療をしても助からないのではないかという予感がした。
予感がしたから、すべてを投げ打ってあいつの住むロッジへ逃げた。


あいつは、いつも通り俺を迎え入れてこう言った。

「こんなことまでシンパシーを感じる必要はなかったのに…」


初めて見る悲しい顔に、すべてを悟った。

自分ではなく彼を思って別の場所で住むことを提案した。
ここは店や駅だけでなく、病院からも遠い。救急車だって入ってこれない小道なのだ。

けれどもあいつは、ここを選んだ。
ちっぽけな2人ぼっちのロッジを。


「本当に君のことを思えば、帰れと言った方が良いのだとわかってる。けれども僕は最後の我儘として、ここで2人で暮らしたいんだ」


それは、俺もだった。
2人で、何事にも縛られず、ゆっくりと。






俺がこっちに移り住んで、小沼の畔に咲く桜が2回散った。

今はもうあのロッジにあいつはいない。
あいつが愛した小沼も、白樺の小道もそのままなのに。

その違和感が拭えず、別の場所へ移り住んだ。

ベッドの上に飾った小沼の畔のアトリエの絵が俺にとって、2人の場所になった。

小さな家で、あいつの絵に囲まれながら、きっと俺は往くのだろう。





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