とけてとろけてそこに刻んで
#一次創作BL版深夜の真剣90分一本勝負
第98回のお題より
『投げキス』
『アイスクリーム』
『背比べ』


「おとぎ話の王子でも〜そんな〜にめったに食べられない♪」

暑い。
まだ夏には少し早いというのに、ここ数日茹だるような暑さで気が滅入る。衣替えもすっかり乗り遅れて、用のない休日である今日はボクサーパンツとTシャツという装いだ。

なんせこのボロアパートにはエアコンが付いていないのだ。
今から扇風機を付けていたのでは、夏が越せない。

「アイスクリーム♪アイスクリーム♪僕は王子ではないけれど♪アイスクリームを召し上がる〜〜♪」

こんな日にはアイスクリームでも食べなきゃやってけない。
無論、服を着てスーパーに買いに行く気力もないので、ダラダラと待ち続けるしかないのだ。彼を。





子供達のはしゃぐ声に混じってカブのエンジン音。
来た来た!



「稔く〜〜ん!」

窓から身を乗り出して、可愛い可愛い稔君に手を振る。

「僕の分のアイスは〜?」

僕の声に気づいた稔が少しだけ顔を上げて、眉をひそめる。

「なんで、貴方の分まで買って来なきゃいけないんですか?」

「あはは〜そんなこと言って、あるくせに」

まぁ、ありますけど…と、そっぽを向いて呟く彼に二階から投げキッスを送り、ちゃぶ台を用意する。彼がいつも自分の部屋に戻る前に僕の部屋に来てくれるのが、当たり前になっているからだ。

程なくして部屋のチャイムが鳴る。
例えドアが開いていても、今日のように僕がいるとわかっても律儀に必ずチャイムが鳴るのだ。
最初は煩わしいと思ったが、律儀で真面目で礼儀正しい彼らしく、すぐに好きになった。
アイシテルのサインみたいだし。


「あっつ…!外は地獄ですよ…」

確かに相当暑かったようで、黒いポロシャツには汗が滲んでいる。

「じゃあ先にシャワー浴びる?」

「じゃあお言葉に甘えて…ってなんて格好してるんですか!?」

「だって暑いんだもん〜〜」

「それにそのTシャツ僕の…っ」

別にいいじゃん、置いてったんだし。そう言おうと思ったのに、壁に押し付けられて噛みつくようなキスをされ、言葉を飲み込む。
無骨なメガネと僕の鼻が当たったり、息が不意に出てくるいつもの不器用なキス。

「…んっ…はぁっ、どうしたの突然?汗臭い男とヤんのは嫌よ俺」

その不器用さが堪んないと思いながら、更に彼の欲情をそそる言葉を投げかける。

投げキッスをした時のように、顔を背けるとこう言った。

「…アンタ目の毒…」

そのまま、シャワーを浴びにユニットバスへ。


こんなので照れてる彼を可愛いと思いながら、実のところ僕もすごく照れてしまう。

落ち着かなくてカリカリと意味もなく柱に爪を立てると、そのすぐ下に傷が付いていることに気がついた。

その少し下にも真っ直ぐな一本線。
背くらべだ。

僕は微笑む。
前の入居者の忘れ物だ。

このボロアパートが潰れるまで、そこにきっと残っているだろう。

…稔君もいつか、こうやって子どもの背を測る時がくるのだろうか…?

ふしだらなお兄さんに捧げてくれている、この大学生生活が終わったら。

ああ、やめよう。この先どうなるかなんてわからないし、先のことは元より考えない主義だ。

今は可愛い僕の稔君と楽しく暮らしていけたらそれでいいじゃないか。
とけたアイスクリームのように、甘くベタベタに。

ただ、柱にあった背くらべみたいに、僕という存在が彼の中にそっと、刻まれてくれれば嬉しいな。


2人分のアイスクリームを冷凍庫に仕舞い、ちゃぶ台を寄せて布団を出す。

今日はきっとこっちを先に使うだろうから。

浴室のドアが開く音を聞いて、蕩けるような笑みが浮かんだ。
さぁ、気持ちいいことしてあげるから。ね?


ーーとけてとろけてそこに刻んで。




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