依り代との戦いが終わり、気を失っていたなまえの意識が戻った。目を覚ましてすぐに目に入ったのは罅の入った天井だった。ほんの少し視線を動かすと、杖を片手に涙ぐむスフィントスがいた。


「…なまえ?なまえ!」

「…スフィントス?」

「良かった…!目を覚ましたんだな!」


起き上がろうとするなまえを制し、スフィントスはなまえの額に手を置いて軽く診察をする。魔力も戻ってるし身体も大丈夫そうだ。額から手を離し、今度こそ起き上がろうとするなまえに手を貸してやる。緩慢な動きながらもなまえは起き上がり、ゆっくりと周囲を見渡して自分の置かれた状況を理解しようとしていた。


「魔力も戻ってるし、もう大丈夫だな。さっきまではいつもの奴らとアリババクンとファナリスの子がいたんだけどな、あんまりにもうるせぇから出てってもらったんだよ」

「みんなが…?」

「ああ。ちょっと呼んでくるわ。大人しくしてろよ」


ポンポンと数度、頭を撫でてからスフィントスは席を立ち、部屋を出るために扉を開けた瞬間、思わぬ人物と鉢合わせて大声を上げつつ、数歩後ずさった。


「うわあああ!」

「うわっ!何だよ!?」

「お、王族っ…!」

「アリババ?」

「なまえ!目が覚めたのか」


王族だあぁぁ…!覚束ない足取りながらもスフィントスは呆気にとられているアリババと一定の距離を保ちつつ、部屋から出ていった。アリババは一体何なんだと首を傾げ、スフィントスの背を見る。スフィントスは王族が苦手なのだ。アラジンの話でアリババが王族だということを知っているスフィントスは足早に逃げたのだ。それを察したなまえは苦笑する。


「アリババ、来てくれたのね。スフィントスのことは気にしないでいいから…」

「あ、ああ…」


なまえに手招きされ、アリババはさっきまでスフィントスの使っていた椅子に座った。そして改めてなまえに視線を向ける。


「目、覚めたんだな。よかった」

「心配かけてごめんなさい。なんだか私、倒れてばかりね…」

「そういえばそうかもな!心配する身にもなってくれよ?今回は特に気が気じゃなかったんだぜ。俺たちが魔装するためになまえに無理させてるってわかってたからな…」

「でも、役立ててよかった…。金属器の力がなければ依り代は壊せなかったし…。アリババ、魔装ができるようになったのね!」

「ああ!レームでさ…」


二人の会話が弾む。その様子を扉のほんの隙間から覗く者たちがいた。


「なまえおねえちゃん、楽しそう…」

「王族とあんなに近くで話すなんて…俺には無理だっ…」

「おいスフィントス、ボクも王族だぞ」

「なぜ中に入らないんですか?なまえさんが目を覚ましたのに…」

「う、うん…そうなんだけど…」


モルジアナの問いにアラジンは曖昧に返す。スフィントスがなぜか覚束ない足取りで部屋にやってきて、なまえが目覚めたという報告を受けた。みんなで喜び、早速様子を見に行こうとやってきたはいいのだが、自分たちが部屋の前に到着した頃にはなぜかアリババが部屋の中にいて、なまえと楽しそうに話をしている。きっと、昨夜の小舟に乗っていた時に自分にしてくれた話をなまえにもしているのだろう。

でもアリババくん…僕に話をしてくれた時とは何かが違うような…?

何が違うんだろう?首を傾げるアラジンのすぐ近くでマルガが小声で歓声を上げた。


「うわぁ!あのお兄ちゃん、なまえおねえちゃんの手を握ってるよ!」

「「何っ!?」」


微かに開かれた扉の隙間から五人は部屋の中の様子を覗く。マルガの言った通り、アリババとなまえは互いに手を握り合っていた。アリババの利き腕の掌をなまえの両手が包みこんでいる。

なまえはアリババの利き腕…剣を握る手がずっと気になっていた。戦場で再会を果たし、差し出された手の硬さに驚いた。掌の皮膚が硬くなるまで剣を握っていたんだ。良く見れば左腕の二か所の皮膚の色が違う。怪我をして皮膚が千切れたのだろう。どれだけの修行を積んできたのか、それは彼の身体を見れば、ほんの断片でしかないがわかる気がした。


「最後に会った時よりずっと皮膚が硬くなってるね」

「そ、そうか?」


自分の手とは違う感触にアリババはしみじみと思った。女の子の手って、こんなに柔らかいのか。レームでの修行中、女の“お”の字もなかったせいか、久々に触れる女の子の手の感触に照れるのではなく、なぜか感動してしまった。


「おい!あの二人はいつもああなのか!?」

「そうだねぇ」

「なんということだ…」


友人を取られた気分とはまた違う、モヤモヤとした何かがティトスとスフィントスの心に生まれる。おい、このまま乗り込んじまおうぜ。ああ、そうするべきだな。二人が視線で会話をしていると、遠くからドタバタと大きな足音がしてきた。その音は段々と大きくなり、ついにその音の発生源が目を見張るほどの速さでやってきた。


「モルジアナーっ!捜したのだ!」

「うわっ!なんだあいつ!?」

「ミュロンさん!」

「うわあー!」


猛スピードでやってきたのはファナリス兵団の一人、ミュロンだ。走ってきた勢いのままでモルジアナに抱きつく。いくらモルジアナと言えど、不意打ちでだきつかれたのに驚き、反応に遅れてしまった。ミュロンの抱擁の勢いに踏ん張ることもできず、近くにいたアラジンに倒れ込み、アラジンはスフィントスに、その勢いは誰にも止められず、とうとう全員して倒れてしまった。その反動で扉が壊れんばかりに開かれ、部屋の中にいたなまえとアリババに覗き見をしていたことがバレてしまった。


「アラジン、みんな…」

「な、なんでここに…!っつーか、見てたのかよ!?」

「さあモルジアナ!早く僕たちの船に来るのだ!ファナリスの仲間もたくさんいるのだ!」

「なまえ!お前…お、おおお王族と親しくしたってダメだ!捨てられるぞ!」

「なまえおねえちゃん!おはよう!」

「アリババくん!なまえさんの手をニギニギするなんてえっちだよ!もー」


朗らかな雰囲気から一転、部屋はカオスな状態になってしまった。あちらこちらでそれぞれが騒がしく言いたい放題の状況になっている。その様子を見て、なまえはようやく日常が戻ってきたのだと微笑んだのだった。



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