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ハッサンは目の前の状況をじっと観察していた。ビールジョッキはすっかり生温くなってしまった。隣ではほろ酔いのアモスが「ハッサンさん、いいんですかぁ〜?」と赤い顔をしてハッサンを見ている。

良くはない。仲間が酒場で変な男に絡まれているようなのだ。不確かな表現なのはあくまでも「ハッサンにはそう見えるから」である。

女は摩訶不思議な生き物だ。ハッサンの目に女が困っているように見えても、実際はそうでないこともあるのだ。彼は過去にそんな女を見て、痛い思いをしている。今、目の前のミレーユもまた、その過去の女と同じかもしれない。そんな疑いが晴れなかった。


ハッサンが無垢な少年だった頃、彼はある少女に恋をしていた。だがその少女は大人しい性格で、町のやんちゃな少年からからかいの対象にされていた。
頑固な父親と肝っ玉の座った母親に育てられた、正義感の塊のようなハッサンはそれを見てはいつも苦々しく思っていた。

彼は、好きな少女に限らず女の子や弱い立場の者には努めて誠実に親切に接していたのだ。だからからかったり虐めたりするヤツの神経が分からない。
そしてある日ハッサンは、やんちゃな少年の度重なる振る舞いに怒り、とうとう感情に任せて彼を殴り付けた。

「やっつけてくれたのね、ハッサンありがとう」。少女からのそんな言葉を期待したハッサンに、驚くべき言葉が浴びせられた。

「ひどいわハッサン!」

ショックを受けるハッサンが聞いたアクロバティックな理論は「少年は、彼女が気になるからこそ苛めた」というものだった。それは好意というものを誠実さや優しさで表現すると固く信じていた彼にとっては、まるで理解できない理論であった。

さらに追い討ちをかけるように少女はハッサンの親切を「本当は迷惑だった」と言った。「恐いから断りにくかった」のだと。

こうしてハッサンの恋は最悪な形で終わった。

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