F(Dミサ)


 窓の縁に立て掛けてあるギターケース。チャックを開けて、中に入っているギターを取り出す。先生が愛用してる、緑色のエレキギター。あのめんどくさがりな先生が毎日きちんとお手入れしてるだけあって、汚れひとつない。新品みたい、と言うには、さすがに年季がはいっているけれど。

「おい、なに人の大切なギター勝手に引っ張りだしてんだ」

 コンビニから帰ってきた先生の両手には、ビニール袋がぶら下がっている。

「あたしが頼んだやつ、あった?」

「ほれ、これだろ?ったく、これのために遠いコンビニまで行ったんだからな」

「きゃあ!ありがと先生」

 これこれ。ずっと飲みたかったんだ。モデル仲間の間でも話題になってた、新発売のいちごミルクグリーンティー。

「まったく。わけわからん味ばっかで、俺にはさっぱりだ」

「先生はおっさんだからね。まだ二十代なのに」

「余計なお世話だ」

 ビニール袋を机の上に置いて、先生はあたしの横にどっかりと座った。

「で、なんでギターなんか持ってんだよ」

「昨日ハヤトにちょこっとだけ教わったのよ。これからは歌詞だけじゃなくて、曲も書きたいなーって」

「へえ。で、練習してるわけだ。俺のギターで。勝手に」

「いーじゃん。減るもんじゃなし」

「まあ、いいけどよ。でも、それエレキだぞ。最初はアコギの方がいいんじゃないか?」


 エレキ?そういえば、昨日ハヤトに教わったときに使ったギターと比べると、軽いし、形も違うかも。ギターなんてやったことないから、種類なんて全然分からない。

「なんか違うの?」

「そもそもコードが全然違う。お前がいま押さえてるのは、アコギのGコードだ」

 先生は押し入れに手を突っ込んで、なにやらごそごそとあさりだした。引っ張り出したのは、ギターケース。こっちにあるやつよりも、少し大きい。

「やっぱ埃被ってんなー」

 チャックを開いて中から取り出したのは、エレキギターよりも大きい、アコギギター。うん?アコギって、アコギギターの略よね?

「それ、アコギギター?」

「ばか。アコギはアコギギター、じゃなくて、アコスティックギター、の略だ」

「あれ、そうなんだ?まっ、どっちでもいいじゃない」

「ちょっと待て。いまチューニングするから」

 ギターの上の方になにか機会を取り付けて、弦をひとつづつ弾いている。音あわせ、ってやつだ。ジャン、先生は慣れた手つきで音を拾っていく。

「ほれ」

「わーい。ありがと先生!」

 受け取ったギターは思ったよりも軽かった。位置を合わせて、コードを確認する。といっても、あたしが分かるのはほんの少しだけで、とても曲なんて弾けたもんじゃないけれど。

「えっと、これがCでしょ?それで、これが……えっと……」

 1弦から5弦までを人差し指で押さえて、さらに中指と薬指で弦を押さえる。これが一番難しくて、ちゃんと押さえてるつもりでも、綺麗な音が鳴らない。

「ちゃんと押さえられてないんだな」

「だって、難しいんだもんー」

 ぷくっとほっぺを膨らませるあたしに、先生は苦笑しながら「ちょっと貸してみ」と言って手を伸ばした。先生に持っていたギターとピックを渡す。

「どうだ?」

 同じコードを押さえてるはずなのに、さっきのあたしの音とは全然違う。なんか、悔しい。でも、ギター弾いてる先生は、やっぱりカッコいい。悔しい。

「やっぱ、ギターはいいや」

「なんだ、もう諦めるのか?」

「だって、先生がいるもん。あたしが詞を書くから、曲は先生が書いてよ」

「ったく、しょうがねえなあ」

 んー、と腕を上に伸ばす。そういえば、と机の上のビニール袋を漁って、お目当てのイチゴミルクグリーンティーを見つけ出す。ストローを挿して、ちゅう、と一口。イチゴミルクというから、ものすごく甘いのかと思ったけど、そうでもない。グリーンティーの苦味が、うまく中和してる。 甘くて苦い味が、口の中いっぱいに広がっていった。




END
2011.4.2
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