鳥になりたい(テルカゴ)


「鳥になって、飛んでゆく夢をみたの」

 カゴメは、月の光を受けて銀色に輝く海を眺めて、言った。

「どこへ?」

 テルオが訊く。

「どこまでも」カゴメが言った。「どこまでだって、飛んでゆけたわ」

 こうして夜の海で逢瀬を交えるたび、だいたい話をするのはカゴメの方からだ。カゴメも大概口数の少ない方だが、無口の代名詞のような存在のテルオとでは、どうしたって口数が多くなる。もっとも、なにも喋らずにいることも少なくない。

「鳥は素敵だわ。どんな生物よりも、自由を知っているもの。わたしが、一生涯をかけても見ることができない景色を、彼らは知っているのでしょうね」

 カゴメは、いつも手に持っている空の鳥かごの表面を、指でなぞった。

「鳥かごの中の鳥だって、私は不幸だとは思わない。狭い世界しか知らなくても、そこが自分にとっての全てだとすれば、ちっとも不幸なんかじゃないわ。そのまま死んでゆけたら、きっと幸せなのだと思えるのよ」

 寄せては引いてゆく波音も、今夜はいくらか小さく身を潜めている。カゴメの話す声だけが、色濃く存在していた。

「だから、私は青い鳥を探しているのかもしれない。広い世界を見て、自由を知っている者が鳥かごの中へ入るとすれば、それはこの上なく不幸だから」

 歪んだ思想でしょう? と、カゴメが微笑む。

「でも、自分よりも幸せな者に対する嫉妬心は、誰でも持ち合わせるものだわ。どんなに高尚な人間であっても、たとえ神であったとしても」

「……そうかもしれないな」

「意外だわ。あなたは、否定するものだと思ってた」

 表情ひとつ変えずに、カゴメが言った。

「お前が鳥になるとしたら、俺は鳥かごになろう。そうすれば、固い檻の中へ鍵をかけて、お前を閉じ込めておける」

「私が、自由を知っているとしても?」

「ああ。でないと、お前は気まぐれに飛んでいってしまう。そして、2度と俺の元へは帰ってこない」

「たとえ……」。テルオは続ける。

「それがお前にとって不幸だとしても、俺はそうする。それが、俺の歪んだ思想だ」

 口をつぐんでしまえば、たちまち辺りに静寂が訪れる。心地よい沈黙。そして、先に口を開いたのは、カゴメだった。

「それは、もしかして愛の告白?」

「好きにとってくれてかまわない」

「そう」

 少し黙って、再びカゴメが口を開く。

「ひとつだけ、間違ってるわ」

「……?」

「私があなたの鳥かごに閉じこめられたとしても、それは不幸じゃない」

「……それは、愛の告白か?」

「さあ? お好きに解釈してかまわないわよ」

 波音が、沈黙の余韻をさらってゆく。後に残っているのは、お互いの歪んだ思想と、愛。




END
2011.4.14
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