悩ましい(Kベル)


 貴方は、わたしのことを、きっと世間知らずの小娘のように思っているのではないかしら? ムッシュ?

 残念だけれど、それは間違っているわ。あどけない、純粋無垢な少女ではないの。貴方が思っているよりも、わたしはずっと醜くて、いろいろなことを知っているのよ。


 例えば。

 貴方が、昨日連れて歩いていた、あのピンク色の髪の女の人は、いったい誰なのかしら?知っているのよ。たまに、貴方がその女の人と会っていること。仕事先で知り合ったのかもしれないし、旧知の友人かもしれない。でも、わたしはそんな人がいることなんて、聞いていないわ。

 わたしは貴方の恋人ではないけれど、気になって仕方がないの。だって、そのことを貴方がわざと隠しているような素振りをするから。やましいこともないのでしょう?なら、わたしが訊いてもはぐらかしたりするのは、いったいどうして?


 例えば。

 貴方は清掃員の仕事の他に、個人探偵も営んでいるわね。以前、わたしの愛猫を捜してくれたこともあったわ。

 でも、本当にそれだけ?貴方の、度々見せる冷めた表情は、わたしの知るどの貴方とも違うの。

 人には裏表があるというけれど、貴方はまだ、わたしに裏も表も、そのすべてを見せてくれてはいないわ。貴方が隠そうとするのなら、わたしはずっとそれに気がついていない、間抜けな少女でいてあげる。なにも知らないふりをして、馬鹿みたいに笑っていてあげる。

 それで、貴方とわたしの関係が保たれているのならば。いまは、それでいいことにしておくわ。


 例えば。
貴方はよく、ふざけてわたしに「好き」だと言うわね。飄々として、真っ赤になるわたしをからかって。

 わたしが怒ると、困ったように頬をかいて「ごめん、ごめん」と言う。それでおしまい。その先は、いつもなにもない。

 でも、貴方知らないわ。貴方の、その言葉で、わたしがどれだけ傷ついているのか。わたしは、貴方の言葉の、その先を待っているのよ?

 もしも、それがただの思わせぶりな態度であるなら、とても残酷だわ。わたしが、貴方のことでこんなに悩んでいるのに。


つまり。

 わたしがミスター、貴方について知っていることなんて、ほんのちょっぴりしかないということよ。実のところ。

 だから、いつも悩んでいるの。あの女の人は誰?恋人かしら?嫉妬しているわ。そんな素振りは見せないけれど。

 仕事にしたってそう。わたしに秘密にしていることが、どうしたって気になってしまう。訊けないなら、なおのこと。

 それも全部、貴方のことが「好き」だからなんでしょうね。ミスター。




END
2011.4.12
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