愛のある行為(極愛)


 戦場から帰還した極卒を待っていたのは、眉間に皺を寄せ、険しい顔をした愛子だった。

「……」

「なんだい、愛子。なにか言いたそうな顔をしているな」

 そう言って、極卒は愛子を挑発するように、わざと血で赤い右手を揺らした。

「……また、お怪我をなさったのね」

「ひょひょ。馬鹿なことを言うんじゃないよ。戦場に赴くということは、命をも覚悟せねばならぬということだ。首と四肢がきちんとついているというだけで、稀なことなのだよ」

 愛子はいっそう顔をしかめた。

「とにかく、治療しないと」

 用意していた救急カバンから、次々と取り出していく。包帯、綿、消毒液、ピンセット。慣れたものだ。

「どうせ、國卒様に報告を済ませるまで治療室には行かれないのでしょうから、とりあえず簡単な応急処置でもしておかないと」

「きょひょひょ。そんな治療道具では、掠り傷くらいしか手当てできないだろうに」

「いいから、右腕の袖、捲ってください」

 嘲笑う極卒をよそに、愛子はてきぱきと肌についた汚れを拭い、消毒液をつけていく。掠り傷と言ったものの、銃弾を掠めたような傷口は、決して浅くはない。
銃の類いを好まない極卒が使うのは、もっぱらサーベルなどの剣だ。剣術の腕前はかなりのものだが、剣と銃では、相性が悪すぎる。それに、指揮官という立場上、兵士らとともに戦闘に交わることはあまり多くない。だからといって腕が鈍るということはないのだろうが、感覚を取り戻すのに、多少の時間が必要だといったところだろうか。

 それにしてみても、今回の怪我は、極卒にとってみればかなりの屈辱だっただろう。そんな姿を、人前では決して晒しはしないが。

 もっと言ってしまえば、こうして愛子の手当てを受けることすら、屈辱ではあるのだろう。それをかろうじて受け入れているのは、極卒にとって、愛子が何らかの意味で特別であることに違いない。

「明日はどうしますの?」

「朝から猿共の前で演説の予定だが」

「極卒様。民衆は、終わる兆しのないこの戦争に、不安と怒りを募らせています。その矛先は、国軍、ひいてはその上層部にいる極卒様に向いている。そんな中、演説をするなんて……」

「きょひょひょ。すると、何だ?お前は、このボクが、愚民共に怪我のひとつでも負わされるかもしれないと、そう言いたいのか?」

「その可能性は否定できない、ということですわ」

「馬鹿な。どんな攻撃であろうが、ボクはみすみす殺られはしない」

「でも、極卒様は、怪我をしてるのよ?せめて、怪我がよくなるまで休んでください」

 包帯をくるくると巻きながら、愛子は極卒を見上げた。極卒の青白い肌には、細かな血渋きの後が見受けられる。

「……私は、極卒様を失いたくない」

 極卒は張りついた笑みをそのままに、空いている左腕で愛子を引き寄せた。
二人の距離がぐっと近づく。顔が、唇が、触れてしまいそうなほどに。

「極卒様……?」

「ひょひょひょ。なんて間抜けな顔なんだ、愛子」

 極卒に突き放され、愛子は後ろによろめいた。わずか数ミリに縮まった距離が、一気に開く。

「まさか、ボクがお前に、口づけをするとでも思ったか?きょひょひょ。愛子、お前は本当にからかいがいのある女だよ」

「……」

 何も言わない愛子に構うことなく、極卒は口の端をつりあげて笑う。まるで、おもちゃを与えられた子供のように、声をあげて笑う。純粋さや無邪気さなどなく、そこにあるのは、歪んだ愛情か。愛子には分からない。

「……極卒さま」

「きょひょ?なんだ?」

 愛子は極卒の腕を掴み、ぐい、と引っ張った。そのまま2人の距離は縮まった。そして。

 キスなどと、甘ったるいものではなかった。お互いの唇が触れるだけの行為、それでしかない。

「私をからかうから、お返しですわ」

 あっけにとられている極卒を見て、愛子はくすくすと笑った。それはもう、楽しそうに。




END
2011.4.13


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