スウィート
まただ。
ロロノアは気づいていないみたいだけれど、コイツが横を通りすぎるたびに、傍にいる女どもが、ヒソヒソと何か囁いている。
当の本人はというと、呑気にあくびなんざしてやがる。チクショウ。私の気も知らないで。
というか、こんなにあからさまなのに、まったく気づく気配がないんだから、コイツの鈍感さも相当なもんだと思う。まあ、気づいたところで気になんてしないだろうけれどな。……気にされてたら、それはそれで困る。
「どうかしたか?」
ずっと黙っている私に、ロロノアが声をかけた。といっても、心配してるとかそういうんじゃなくて、ただの気まぐれだ。そもそもこの男、基本的に他人を気遣うなんて上等な対人スキルなんざ持ち合わせていない。
「……別に」
意識したわけじゃねェが、どうしても口調にトゲが出てしまう。あー、私ってガキだ。そう思うけれど、自分の心にある、醜い感情を押し込めることができない。
「なんだ、怒ってんのか?」
「そういうわけじゃねェけど……」
私は口ごもった。ロロノアは、今はまだ機嫌が良いけれど、私が訳も分からずふて腐れ続けたら、きっと嫌な気分になるだろう。いつもは思いっきり口喧嘩をしても、その理由がはっきりしているから、喧嘩の最中も、どこかお互いスッキリした気持ちでいられる。けど、今はそうじゃない。
ここで喧嘩をして、別々に行動することになったら、今もロロノアに熱い視線を送っているどこぞの女に、ロロノアを取られちまうかもしれない。
嫌だ。そんなの、絶対に嫌。ロロノアが他の女と一緒にいるところを想像するだけで、ドロドロした感情が胸の奥からせり上がってきて、吐きそうになる。
なんて醜いんだろうって、自分でも思うけれど、止められない。こんなこと、ロロノアに言ったらきっと嫌われる。めんどくせー女だって、呆れられる? ……かもしれない。
そうなるのが怖いから、言えない。そもそも、私は思っていることを言葉にして伝えるのは苦手なんだ。
「なら、そんなツラすんな。よけいブサイクに見える」
「ブ……なっ! なんだとてめェ!」
人が真剣に考えてるっつーのに、なんだその言いぐさは! ていうか、てめェのことでこんなに悩んでるんだからな、分かってんのか! ……分かってるわけねェか。
私は街中だということも忘れて、ロロノアの胸を力任せにポカポカ叩いてやった。これだけやっても、ガッチガチに鍛え上げられたロロノアの胸筋はびくともしない。余裕の表情、クソ、笑ってやがる。
「まあ、なんでもいいが……これ以上目立つのはどうかと思うぜ」
ロロノアにそう言われて、私はようやく、周囲の視線が一斉にこちらに注がれていることに気づいた。
恥ずかしい! ボンッ、と顔から湯気が出るのが分かった。そんな私を見て、ロロノアは意地の悪い笑みを浮かべている。
「い、行くぞっ!」
私は慌ててロロノアの右腕を引っ張り、人の群れをかき分けて港へ向かって走った。
人気の少ない場所までやってきたところで、私とロロノアはようやく足を止めた。
「っちょっ! いきなり走んな!」
「うるせー馬鹿! もう、全部てめェのせいなんだからな!」
「あん!? オレがいつ、何をしたってんだよ!」
「気づいてない時点でどうしようもねェんだよ! 私がっ! どんな気持ちでっ……」
感情に任せてがががーっと捲し立ててから、はっとした。やってしまった、と思った。私の悪い癖。いつもこうだ。分かっているのに止められない。
ロロノアの眉間にみるみるうちに皺が寄っていく。ああ、また喧嘩になっちゃう。私のせいだけど。
怒鳴られるのを覚悟して、私はギュッと両目を瞑った。
……けれど、待っていた怒声はやってこない。私はおそるおそる両目を開くと、そこには怒り顔ではなく、どちらかというと困ったというような顔をしたロロノアがいた。
「あのなぁ、オレが鈍感だってことくらい、いい加減てめェだって分かってるだろうが。言われなきゃ分からねェんだよ、オレは」
ふう、と息をつきながらロロノアが言った。その口調は、意外にも優しい。
ロロノアはロロノアなりに、私のことを気遣ってくれている。そのことに気づいて、私は心のモヤモヤがぱあっと晴れていくのを感じた。
あれほどずっしりとのしかかっていた醜い感情が消えてゆく。いや、もしかしたら完全に消えるのではなくて、見えない場所に押し込めているだけかもしれないけれど。とにかく。
そうなったら、いつになく困り顔のロロノアがなんだか可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ、いきなり」
ますますもって訳が分からない、という風に、ロロノアが顔をしかめる。
「いーや。なんでもねェ。そうだよな。一人で勝手に嫉妬して、バカみたいだ、私」
「嫉妬だァ? んなもんする相手がどこにいんだよ」
「ったく、てめェは戦闘以外の時の相手の視線とか、全然感じねェ訳? いつか痛い目見るぞ」
「どういう意味だよ、そりゃあ……」
ここまで言ってもまだ気づかないとは、いよいよ救いようがねェな。
だけど、いくらどこぞの女が誘惑しようが、当の本人がこの分じゃあ、私がいちいち心配するまでもなさそうだ。
とは言え、もうちょっと自覚してもらわないと困るんだけど!
2012.10.4
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