バスルーム
ゾロとペローナがクライガナ島へやってきてから一年が経った。
麦わら海賊団としてルフィたちと航海していたときよりも、ペローナとミホークと一緒にクライガナ島で過ごしている時間が長いことに、ゾロは驚いていた。
仲間たちとの約束、2Yまであと一年。それまでに、この場所でもっと力をつけなければならない。スリラーバークで傷を負っていたとはいえ、バーソロミュ・くまや黄猿にあっけなくやられてしまったのは、己の力が足りなかったからだ。もっと強ければ、仲間たちを守ることができた。こうして長い間、離れ離れにならずにすんだかもしれない。
しかし、ゾロは、結果的にこうなってよかったとも思っていた。くまによってミホークの居城があるクライガナ島に飛ばされたのは、おそらく偶然などではない。くまが味方なのかは分からないが、くまにはくまの事情がありそうだ。
ゾロと同じように、ペローナもくまに感謝をしていた。それこそ、来たばかりのときは、恨み言ばかりつぶやいていたものだが。今ではここでの生活をそれなりに楽しんでいる。
そしてミホークすらも、決して口にはしないものの、退屈を感じない程度には楽しいと感じていた。
なにもかもがバラバラの三人だが、それなりにやっていけるものなのだ。
「ゴースト娘。飯はまだか」
食堂に入ってきたミホークが、キッチンにいるペローナに声をかける。
「今作ってるところだ。ちょっと待ってろ」
「うむ。早く頼むぞ」
「めずらしいじゃねェか。鷹の目がそんなに腹を空かしてるなんてよ」
ぐつぐつと煮えたったサーモンスープを味見しながら、ペローナが言った。いつもなら、ミホークではなくゾロの方が腹を空かせて、一番に食堂にやってくるのだが。
「今日は少々動きすぎたのでな」
「お前がか?」
「フッ……それだけロロノアが力をつけているということだな」
ミホークは戸棚からワイングラスを取り出して、ワインクーラーに入れて冷やしておいた赤ワインをグラスに注いだ。
「んで、アイツはどうしたんだ? アイツだって腹空かせてるだろ?」
「ロロノアは風呂へ行った。もうじきくるだろう」
「風呂か。アイツはいつもカラスの行水かっつーくらい早いからな……。んじゃ、もうよそっちまっていいか」
熱々のサーモンスープを皿によそいながら、ペローナははっとした。そういえば、昼間にバスタオルを全部洗って、まだ脱衣所のタンスにしまっていなかった。
「やっべ」
ペローナは急いで食堂を出て、居間へ向かった。居間で洗濯物を畳んでいて、ついそのままにして夕食の支度を始めてしまったのだ。
居間のソファの上に置いてあった洗濯カゴの中から、洗いたての白いタオルを掴んで、今度はバスルームへ向かって走り出した。こういうとき、霊体になれないのが面倒だ。霊体なら壁をすり抜けて、バスルームまですぐなのだが、タオルを持っていてはそれができない。
ようやくバスルームの前に着いた。ペローナは息を整えながら、中の様子を確認せずに勢いよく扉を開いた。
「お」
そこには、ちょうど風呂からあがったばかりのゾロがいた。ゾロの周りには白い湯気が立ち込めている。
……。
沈黙。ペローナはその場に立ちすくして、動けなかった。まるで、メデューサに見つめられて、全身が石になったかのようだ。
ほんの一瞬が、ペローナにはずいぶん長い時間に感じた。次の瞬間、はっと我に返ったペローナの顔が、みるみるうちに赤面していく。
「ギャー! テメーなんで隠さねーんだよ! ふざけんな!」
そう怒鳴りつけて、持っていたタオルをゾロに向かって投げつけた。
「ハァ!? よく見ろ! タロル巻いてんだろーが!」
「えっ……」
咄嗟のことで混乱していたが、あらためて見ると、たしかにゾロは腰にタオルを巻いている。
「あれ……? でも、どこにあったんだ?」
「タオルが一枚もなかったから、修行のときに持ってったヤツを洗って使ったんだ」
「そ、そうだったのか」
力が抜けたペローナは、へなへなとその場にへたり込んだ。その様子を見てようやくゾロがすべてを理解したのか、呆れ混じりにため息をつく。
「ったく、いきなり入ってきたかと思えば、勝手に勘違いしてギャーギャー喚きやがって。第一、男の裸見たくらいで、そんなに恥ずかしがることもねェだろう」
たしかに、ゾロは半身裸でその辺をフラフラ歩きまわることなんてしょっちゅうだが、今は状況が状況なだけに、ペローナが慌てるのも仕方ない。
「と、とにかく、タオルは渡したからな! あと、メシができたからちんたらしてねェで早く食堂に来い! いいな!?」
そういい残して、ペローナはまだ赤いままの顔をゾロに向けないまま、バスルームから出て行った。
「アイツ、男と寝たことねェのか……?」
ペローナの持ってきたタオルを見つめながら、ゾロがぽつりと呟いた。
2012.6.13
END
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