鏡のない世界
猫みたいだと言われた。
「どういうところがだよ」と、少しだけ不機嫌気味に返すと、ロロノアはいたって平然とした顔で「そういうところがだ」と答えた。
「それって褒め言葉なのか?」
「さァな。率直に思ったことを言っただけだ」
どうせ、ワガママだとか気まぐれだとか、そういう意味なんだろ? まあ、猫ならそこまで悪い気はしねェが。かわいいしな。
「なら、てめェは鮫だな」
「サメ?」 ロロノアが眉をしかめる。こんなツラをしているが、怒っているわけではなないらしい。
「そいつァはじめて言われたな。トラとかよく言われるんだが」
「たしかに野獣って感じはするな。けど、やっぱてめェは鮫だ。もしくはマグロ」
「マグロ? てめェ、まさか俺を馬鹿にしてるってわけじゃねェだろうな」
眉間の皺が深くなる。怒ってるな。まあ、こうなるのを分かってて言ったんだけど。でも、これにはきちんとした理由があるんだ。
スリラーバークにいた頃、私は鮫を水槽で飼いたいと、ホグバックに言ったことがあった。霊体で海の中を遊泳していて見つけたその鮫は、全身ピンク色をしていて、とっても可愛かったんだ。
だが、ホグバッグは首を横に振った。いつもなら、なんだかんだ言いながら、頼みを聞いてくれるのに。大方、ネガティブホロウが怖ェからだろうが。
「鮫ってのはな、遊泳性っつって、静止呼吸ができねェんだ。泳ぎ続けないと死んじまうんだよ。ここにそんなにでっかい水槽はねェからな。まあ、ゾンビでもいいってんなら、死骸を持ってくりゃあ、モリア様に頼んで影を入れてもらってもいいけどよ」
それなら仕方ないと、私は鮫を飼うことを諦めることにした。
それからしばらくして、クマシーが砂浜に打ち上げられている鮫の死骸を見つけて、城まで運んできた。前に見たときは全身ピンク色だったのに、クマシーが運んできたときはなぜか半分黒くなっていた。
「どうやら、この鮫は死ぬと色が黒くなるみてェだな。しかしよかったな、ペローナ。これでゾンビにできるじゃねェか。フォスフォスフォス」
ホグバッグの申し出を、私は断った。
だって、その鮫をどうしてもかわいいと思えなかったんだ。ピンク色で、海を泳いでいたときは、かわいいと思ったのに。かわいくねェモンは愛せない。だからいらない。
私は、全身真っ黒になった醜い鮫の死骸を、クマシーに命令して海に捨てさせた。
鮫は泳ぎ続けられないと生きられない。泳いでいる間は、かわいくて輝いていて、とてもいとおしいと思った。その姿に、ロロノアが重なったんだ。もちろん、かわいくもいとしくもねェが。
戦い続けないと、ロロノアは生きていられないんだと思う。息ができないんだ、きっと。あの鮫みたいに。
その姿は、みっともなくて、でも輝いていて、私はなんだか目を離すことができない。でも、ずっと傍に置いておくことはできないんだ。戦わないと死んでしまうから。
それでも傍にいたいと思うのは、醜い私を知っても嫌いにならないで欲しいと思うのは、私のエゴだろうか――。
「遊泳性って知ってるか?」
「知らねェ」
「だろうな。簡単に言うと、ずっと泳ぎ続けてないと死んじまう魚のことだ」
「どうしてだ?」
「んなモン知るか。とにかく、鮫とかマグロとかがそうなんだよ。だから、てめェは鮫、もしくはマグロだ」
「鮫は、まあいいが、マグロはやめろ。なんつーか……間抜けだ」
「ホロホロホロ。いいじゃねェか。エレファントホンマグロは高級魚だぞ?」
まあ、マグロってのは半分冗談だが。それでも鮫と同じ遊泳性ってことには違いねェからな。
ここまで言ってやったのに、ロロノアはまだ釈然としない面持で首を捻っている。馬鹿だな。やっぱり。ちょっと考えれば分かることだろうに。
「降参だ。理由を教えてくれ」
「嫌だ。てめェで考えな」
「……やっぱりてめェは猫だな」
「いいぜ。猫で。なんなら鳴いてやろうか?」
「やめろ。気色悪ィ」
「なんだと! てめェなんかカツオだ! イワシだ! サンマだー!」
「悪口なのか? それ……」
呆れ顔のロロノアに、特大のネガティブホロウをおみまいしてやった。
END
2012.6.13
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