鍵を亡くしたい白雪姫




−冬にはが降る。寒い地域、地理的に降る場所なら当然、降る場所には降る。が。綺麗なキラキラとした白雪。その中に林檎が一つ、落ちたとしよう。血の様に赤い赤い林檎が。その果実は少年と彼を甘美なる絵画の額縁へと誘うだろう−





「こんな時間に町を歩くなんて」

こんな時間、p.m.22:35。まだ、こちらの地理には不明点が多い。町を案内するなら昼間か放課後の時間にしてほしいと思う。

「何か云った?」

前を歩く風見は恒一に振り向いた。

「何でこんな時間なんだ?」
「知りたい?」

何かを隠している声だった。知りたいが知りたくない様な感覚。

「知りたいよ。こんな時間に呼び出して、町を歩いて」

東京の街の夜とは違い、夜見の町は薄暗い。と云うより、ほぼ暗闇に近い場所もある。田舎と呼ぶには、この町に住む人々にとっては失礼に聞こえるかもしれないが、田舎町である事は確かだ。街灯が点いている商店街を一通り案内された。

「町の案内なら、昼間か放課後の方が嬉しいんだけど」

云いにくかったが、素直に風見にそう伝えた。すると風見は立ち止まり、恒一の腕を掴むと走り出す。一体、何処へ行くのか?の思考よりも、引っ張られた腕が妙に熱を感じた。いけない事をしている様な。確かにいけない事をしている。中学生がこんな時間に外を出歩くなど。不良少年、だと呼ばれてもおかしくはない。

「な、何?」

何処まで走るのだろう。誰かに見つかりそうになったのだろうか。例えば、見回りのお巡りさんとか。

「はぁはぁ、此処だよ…」

息が切れている彼は、そう云って空を指差した。

「は、は、…そら…?」

こちらは急な走りで肺が少し痛んだ。パンクする事はなくなったが、突然な運動はなるべくなら控えたい。
見上げると、そこには満天の星空が眼窩に拡がる。こんなねは東京では絶対に見られない輝き。思わず涙が出てしまうのではないかと思う程に。商店街の終わりの端のその先まで走った。田んぼがあり、蛙がゲコ、と鳴いている。

「この景色を、君に見せたかったんだ」
「俺に?」
「うん」

照れ臭かったのか、風見は頬を掻きながら恒一から視線を逸らす。

「…綺麗…」

このまま、東京へ戻らずにずっとこの町で大人になりたいと頭へ、そんな思考が揺らいだ。この町を少しの間だけ我慢すれば、また東京に戻れると期待していた先程までの自分と今の自分の感情は真逆であった。自然の不思議。自然の魔力。こんな呪いなら掛かっても良いのに。あんな呪いよりも断然良いじゃないか。自然から人間は産まれた。動物も植物も細胞も。全ての生きるモノがこの自然から産まれたのだ。自分も死んだら、自然へと還って行くのだろうか?と哲学まではいかないが、性にもなくそんな考えが浮かぶ。

「東京では絶対見れない景色だよ」
「そうなの?」
「うん。だって夜でもイルミネーションやら街灯やら車が多くて、人も一日中誰かが働いている。この町みたいに自然があって、夜空はこんなにも綺麗で」
「都会ならではの意見だね」

確か、転校初日にも風見からそんな言葉を聞いた気がした。この云い方は、都会以外に住まう人々にとっては失礼に聞こえてしまうのだろうか?

「ごめん。悪く聞こえた?」
「別に?」
「そう?」
「うん」

風見は笑って再び空を見上げた。つられて恒一も視界に星空を埋める。

「こんな時間に何で呼び出したのか知りたかったけど、ようやく分かったよ」
「…」
「昼間や放課後には見れない景色、だね」
「こんな時間に出て来た甲斐あっただろう?」
「あった」

「でも最初から理由を聞かせてくれれば、やきもきしなくても良かったのに」
「やきもきしたの?」
「少し」

「東京へ戻る鍵、失くなっちゃえば良いのに」
「君からずっと此処に居たいってお願いしてみたら?」
「…そうだね」
「白雪姫みたいに、毒林檎食べて眠ったら駄目だよ?」
「何だよ?ソレ」
「何となく。白雪姫みたいに、眠り続けたら僕がキスで目覚めさせてあげるって話」
「唐突だな」

一歩、恒一へ足を運び、頬へ触れる。

「キスがしたいって相談したらキスしてくれる?」
「!…」
「駄目?」

云うなり唇が近付く。

「…っ…ん」

触れた唇は冷たかった。二人はお互いの舌を絡ませ合う。

「は…」
「んふ…」

恒一からの返事は無視されたが、当の本人もキスが開始されると否定の言葉を唾液に包んで飲み干した。









鍵を失くしたい白雪姫










-umi-
夜空へのランデブー。きっと夜見の町は星空が綺麗に違いない。
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リゼ