虹色の水に音が霞む
「ん…」
−チュンチュン−
雀の鳴き声に目覚めた勅使河原は何やら水音を耳にする。「そっか、雨でも雀って鳴くのか」とまだ眠い脳で思った。
「う〜、今日は雨か」
そう呟いたのも暢気な頭だな、と己に悪態吐く羽目になるとはその時は微塵にも思わなかった。
虹
色
の
水
に
音
が
霞
む
あれから何時間寝ていたのだろう?帰り道に雨が降ってきて走って帰宅したのを覚えている。折り畳み傘も持っていなかったので、仕方なく濡れて帰り、その日に限って家には誰も居なかった。鍵も部屋に置きっ放しで家に入る事も出来なくて途方に暮れた。軒下で雨宿りも良かったが、丁度良い所に通り掛かった人物のお誘いに肖(あやか)れる話になり、"梅雨の一人雨宿りデー"はしなくて済んだ。しかし、家族が全員家に居ない事は事前に知っていれば、鍵を忘れずにきちんとカバンの中に入れておいたのに、などと彼がその人物に愚痴を垂れ込んだ。
「君が普段から鍵や傘を持ち歩いていれば、こうして一人で佇んでいる事もなかったのに。そうだね、雨の中の棄てられた猫、みたいな姿を目撃しなければ、僕はもう家に着いている頃だったのに」
「んだよ。助かったって云ってるだろ?」
何とも不似合いな相合い傘か。男二人が一つの傘の下で狭そうに互いに身を寄せている。そうしなければ、雨に濡れてしまうから。
「どうしてこっちの道歩いてんだ?」
「何が?」
「コンビニなら一個向こうの通りのが近いんじゃねぇの?」
彼を"梅雨の一人雨宿りデー"から保護した少年は、本来なら今二人して歩いている道、彼の家の前にあたる道を歩いて行く事は滅多にない。よく利用するコンビニは彼の云う通り、一個向こう側にある店を使えば時間も短縮出来る。
「まぁ、何と無く違う道も良いかなーって」
「ふーん」
「偶然、君がずぶ濡れで自分の家の前に居るとは思わなかったけど」
「仕方ねぇだろ?またまた家族が全員居なかったんだから」
角を曲がり一個向こう側のコンビニに辿り着いた。そこで少年は傘を彼に預けて入店する。全身濡れている姿では店には入れない。欲しい物を少年に告げて店の外で帰りを待つ。少年の傘は、少年の性格を表す様に丁寧に扱われているのが分かる。これが一つの傘を長持ちさせる秘訣なのだろう。それに比べ、彼の傘は乱雑に扱っているつもりはないが、何故かすぐに汚れてしまい、壊れてしまう事が度々ある。
雨雲を見上げると遠くに晴れ間が見えた。あちらの空は雨があがっているらしい。目を凝らすと微かに虹が見えた。もしかしたら、こちらま晴れたら虹が出るかもしれない。梅雨期は空の変動が大きい。一部の地域に雨が集中し、あちらでは晴天も珍しくはない。だからいつも折り畳み傘はカバンに忍ばせろと家族や少年からも云われている。彼はそれに素直に応じる性格ではない。邪魔だからと持ったり持たなかったり。色々と考え事をしていると、少年が袋を提(さ)げて店から出て来た。
「買ってきたよ」
「おう。サンキュー。エコバッグ持ってんだ」
手にしていたのはレジ袋ではなくエコバッグ。
「便利だろ?咄嗟の買い物などに」
「そんなもんか?」
「そんなもん」
頼んでいたパックのジュースを手渡される。味は伝えていなかった為、少年に任せていた。ミックスジュース味。そう書かれたパッケージは果物が沢山写されている。見るからに美味しそうな飲み物だ。
「それ新発売なんだって」
「へー」
「飲んだら感想聞かせてね」
「だったらお前も同じの買えば良かったんじゃねぇの?」
傘を片手にしていてはジュースが飲めない。少年に開けてもらえば良いのだが、顔を赤くされたのでそれが叶わなかった。
「そ、そんなの…君のを一口貰えば味なんか分かるだろっ?」
突っぱねた様な口調でそう云われた為に彼は、ストローを飲み口の部分に挿して欲しいと言葉を飲み込んでしまう。
「っな!?」
「……。」
「そんなんで一々顔赤くすんなよ」
「き、君だって赤くなってるじゃない!」
「お前が変な事云うから」
「君から一口貰う事が変な事?」
云った本人が動揺して何を云いたいのか分からなくなっていた。
「良いでしょ?一口位。減るモンじゃないし」
「一口分減る」
「僕の一口、あげるから」
「何味?」
「いちご」
「良いけど、これ開けてよ」
「じ、自分で開ければ?」
彼の顔色は次第に戻っていく。少年はまだ赤いまま。いや、更に赤くなっている様に見えるのは気のせいか。
「なら傘持って」
傘を少年に持たせて自分で開ける。チュウと飲むとジッと彼を見つめている視線がやけに痛い。
「ほら、一口どうぞ」
「口つけないまま欲しかった」
「我が儘だな」
ミックスジュースを受け取り、唾を飲み込む。
「(何をそこまで見つめてるんだ?)」
傘を片手にジュースと睨めっこしている姿は他人から見たら中々面白い。
「美味しいぜ?」
「う、うん」
可愛らしい口を開ける。ストローを下に絡ませ一口ゴクリと飲み込む。多種の果物と着色料の様な味。ともかく、「美味しい」とすぐに言葉が出た。
「美味しい」
「随分と警戒したな、ソレ飲むの」
「当然だろ?君と間接キスしてしまうんだから…」
「え?」
「あ」
「そ〜云う事かぁ」
ニヤニヤ顔で彼は少年の胸中の図星を突く。図星を突かれた少年は真っ赤にしてジュースを飲み干してしまった。
「あ、俺のジュース」
「僕が払ったんだから僕が全部飲んでも良いの!」
「一理あるわな(すっげーツンデレっ可愛い!!)」
「ほら」
「ほらってもう中身入ってねぇよ」
「ストロー舐めれば僕と間接キス出来るでしょ?」
ゴミと化したジュースパックを受け取る。少年は意図しているのか無意識で云っているのかは分からないが、赤くしながらさりげなく彼を意識している事は確か。
「舐めて良いの?」
「…」
「本当はお前の口にキスしたいけど今はストローで我慢してやるよ」
ジュースを飲む様にストローを口に含む。しかしら彼がジュースパックを奪うなり、唇に柔らかい感触が当たった。
「え?」
「不本意だからねっ」
キスをしておいて不本意とは理不尽だ、と彼は反抗する。
「キスするって云うのはつまり、そんな気分だって事?」
「違う」
「誘ってきたのはお前だ」
「ジ、ジュースの味をおすそ分けしてあげただけなんだからっ、さ、誘ったりはしてない!」
「俺としては十分な起爆剤だよ」
舌を出してペロッと己の唇を舐めると、逃げる様な視線になる少年の腕を掴む。反動で傘が少年の手から落ちる。気付けば雨はやんでいて、彼が先程少年を待っていたコンビニの外で見たのど同じく、虹が輝いていた。
「キスも良いけど、虹出てるぜ?」
腕を掴まれたままに空を見上げると虹がうっすら見えた。
「虹?」
少年は空を見上げる。
「さっきも遠くに見えてさ」
「雨、やんでたんだ…」
「みたいだな」
腕を振り払い傘を拾う。傘を閉じて再び歩き出した。
「お前の分のジュースは飲まねぇの?」
彼のジュースを飲んだだけで、少年のはまだ封を開けていなかった。
「確かいちご味だったよな?」
「飲みたいの?」
「美味しそうじゃん」
「帰ったら飲ませてあげる」
この後、少年の家まで無言のまま歩いた。偶然にも少年の家族も留守だった。
「僕の家族も誰も居ないんだ」
「そうなんだ」
「明日までは帰ってこないから」
玄関の鍵を開けて靴を脱ぐ。彼はずぶ濡れなので、玄関に留まってもらう。バスタオルと着替えを渡す。
「今、お風呂沸かしてるから。そこで少し水気を取ったら脱衣所で着替えてきて」
「悪いな」
「風邪引かれたら困るから」
ある程度水気を取り、脱衣所へ向かう。流石に下着の代えまではなかった。まぁ、下着はそこまで濡れていなかったのは幸いだ。
「服、脱いだら洗濯機の中入れといて。君がお風呂入ってる間に乾燥機にかけるから」
そう云いに脱衣所へ来た少年と目が合う。扉を閉めてしなかったので、彼の全裸をもろに見てしまった。慌てて脱衣所を出て行こうとする少年を思わず引き寄せてしまった。少年に欲情した訳ではないのだが、身体が勝手に動いていた。
「ちょっ」
雨に濡れていただけあり、彼の身体は冷たかった。彼が全裸である事を気にして少年は「風邪を引く」と云いながら身をよじる。
to be continue。
2012*02*12
-umi-
すみません、もう少しだけ続きます。勅使風。風見君はツンデレにどうしてもなってしまう。
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