ネイルカーネーション


─赤いマニキュアなんて一体何処から持ってきたのか。まぁ、大よそ演劇部の舞台衣装部屋からこっそり持ち出したんだろうけど─



  




「何してるの?」
「マニキュア塗ってんだよ」
「だからって何で君が塗ってるの?」

静かだな、と読んでいた本から視線を勅使河原に向けると赤いマニキュアを己の指に塗っていた。

「…女装…、に目覚めた?」
「その冷たい間は何だよ?」
「いや、見ていて楽しいなって。変わってるよね」
「は?」
「突然行動を起こすし」
「例えば?」

左指を全て塗り終え、右手に筆を持ち替える。小指を塗ろうとしたが、立ち上がり恒一に近寄る。

「何?」

勅使河原を見上げる。左手だけ爪が赤い。長い指。いつもこの指が己に触れているのだと考えると恥ずかしい。

「お前にも塗ってやろうか?」
「勘弁。僕にはそんな趣味ないし」
「俺だってそんな趣味ねぇよ」

ドカッと恒一の隣に腰掛ける。一人分の沈みが二人分になり、ソファーがきしんだ。

「もうちょっと静かに座ってよ」
「今日は何でそんなに冷ぇの?」

朝から恒一に話し掛けても心なしか態度が冷たく感じた。昨日まではそんな事なかったのに。

「いつもと同じのつもりだけど?」
「だって朝から機嫌悪そうだし」
「そう?」

頬を寄せ、身体を密着させると距離を置かれてしまう。

「ほら避けた」
「場所を弁えてるの」
「誰も居ねぇよ」

ソファーの隅まで追いかけられてキスをせがまれる。

「此処何処か知ってるでしょ?」
「保健室?」
「疑問形なしで、此処保健室ね。誰かベッドで安静にしてたらどうするの?」
「平気だって。ほら。キスしてよ」
「んん…」

赤い爪が僕を捕まえる。胸倉を捕まれてしまえばそのままキスされた。この男は場所が何処だろうと構わず僕にちょっかいを出してくる。流れに乗ってしまえば抵抗出来ない事を知っているので時折業と、こう、仕掛けてくる。流石に誰かが居ればやらないが、今の様に二人っきりと云う空間になると盛りついてくるから困ったものだ。

「っは…」
「危険な火遊びって感じだろ?」
「バレたら退学」
「そこまでないって」
「てか、もう学校行けないよね」
「俺は堂々と行けるぜ?お前と手、繋いでさ」

バレたら堂々と登校出来る神経が凄いと思う。僕を君とじゃ神経の太さが違い過ぎる。


「もう一回キスしたい」
「一回で我慢してよ」
「足りない」

覆い被さる様にキスをせがんでくるので、その場を凌げれば良いと云う思いだけで出してしまった言葉に後悔した。

「か、帰ったらしてあげるから」
「本当?どこまで?」
「気が済むまでっ」
「じゃ、良いや」

その言葉を聞いた勅使河原はあっさりと身を引いた。云った本人は後悔の念に駆られながら安堵している。そして塗り掛けだった右指にもマニキュアを塗り始めた。

「絶対約束だからなー」
「う…」
「気が済むまでって最後まで何回のシて良いって事だろ?」

背中を向けている勅使河原の姿すらまともに見られない。恒一も読み掛けの本を手に取り、顔を隠した。きっと真っ赤になっているに違いない。ああ、やだやだ。このまま時間が止まってしまえば良いと思う。

数分沈黙していた空気がカーテンが開いた音によって一変する。

  ─シャッ─


「もう昼休み終わるからさっさと出てってくれない?」

「わっ」
「か、風見?」
「どうして…」

カーテンが開き、その中のベッドから現れたのは風見智彦だった。誰も居ないを思っていた二人は目を丸くしている。溜息を吐いている風見の顔には眼鏡をしていない。

「居ちゃ悪い?気分が優れなかったから二時間前位から休ませてもらってたんだ。先生は出張で今日はもう戻って来ないけどね」
「そ、そうか。へぇ?気分が悪かったのか?」
「うん」
「まさか、今のやり取り聞いてた?」
「何の事かな?榊原君」
「その口調、絶対聞いてたって感じだよな」
「だとしたら?」
「?!」
「サカキは渡さねぇからな」
「奪うつもり、ないから」
「本当だな?」
「"借りる"かもしれないけどね」

"借りる"と云う言葉に少々引っ掛かりつつも、二人の売り文句に買う言葉にやきもきする。

「クラス委員長として、クラスメイトの力を借りるって意味だから安心して」
「誰もそんな事聞いてねぇ」
「…」
「黙っちゃって可愛いね、榊原君は」
「風見、やっぱり狙ってんじゃねぇか」
「ほら、そんな事やってる場合じゃないよ。午後の授業始まる」

壁掛け時計に目をやれば、本礼まであと五分を切っていた。二人はもやもやした感情のまま保健室を後にした。静けさを取り戻した保健室。風見は、はぁ、と溜息を吐いて
ベッドに横になる。

「漸(ようや)く気分が良くなってきたと思ったのに…あの二人には何かお礼してもらわないとな。"特に榊原君には"。勅使河原には何かクラスの仕事を押し付けておこう」





「いつから居たんだよ、風見の奴」
「多分、僕達が来る前からだと思う。一時間目の時に保健室行くって云ってたし」
「なら、教えろよ」
「だって何かあったら僕達が居てあげた方が良いでしょ?先生も出張だって云うし」
「聞かれたな」
「そうだね。だから云ったじゃない。誰か居たらって」
「ああ云うのは。既に誰か居るって表現だぜ?」
「これに懲りたらもう学校では変な気を起こさないでね」
「どうだかな」
「少しは反省してよ…」











終。
2012*02*09
-umi-
当初の場所は勅使河原君の部屋でした。校内の方が第三者との接触の可能性が高いので保健室にしてみました。ネイルカーネーション=赤い爪の意味です。

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