澄み切った花の手鞠、それは不毛

「キスして良い?」

何処からそんな発想が出て来るのだろう。

「良い訳ないでしょ」

きっぱりと断られた。だって今、僕は君にキスをしたいんだ。僕は今、君とキスがしたいんだ。

「キスしたい」
「駄目」
「どーして?」
「どうしても」

僕は一歩彼女に近付く。同じ歩幅で彼女が退がる。

「良いじゃない。誰も居ないんだし」
「駄目」
「誰も見ちゃいないよ」
「何度云えば分かるの?」
「さぁ?逆に君は、何度云えば気が済むの?」
「自分を棚に上げるの?」
「それは君も同じでしょ」

手鞠の様に行ったり来たり。ポンポンと同じ場所を。どちらも折れる事をしない、不毛な手鞠唄。澄み切った鮮やかな花は彼女の様に美しい。彼が彼女にキスをしたいと持ち掛けたのは昨日に続き、二日目。昨日は失敗に終わった。


    




桜木ゆかりに続いて赤沢泉美も尊い命を落とし、再び欠員となったクラス委員の一人が決まったのは、事件の原因が解決した数日後。クラス委員を女子から立候補で募ったが、誰一人として立候補する者は居なかった。仕方なく、委員長である風見智彦はある女子生徒を名指しした。指名された本人よりも周りがザワついたのは明らかだった。誰もが、彼女をクラス委員として、活躍する姿を思い浮かべるにはパっとしていない。当然、彼女も断るだろうと誰もが予想していた。次に指名されるのは自分かもしれないと、ちょっとした緊張感が教室中に漂う。以前の様な不穏で不気味な緊張感が違う、あの件を考えると、こんなクラス委員を決めるだけの事ならば可愛い事だ、とさえ感じる不思議な感覚。だが実際は、やりたくないのが本音である。仮に、女子全員に断られた場合は男子にその決定権が与えられる。

「見崎さん」
「…」

   −ザワ−

「見崎鳴さん」
「はい」

指名された彼女の名前。新学期が始まった頃から暫くは名前さえ呼んではならなかった名前。声さえ掛けてはいけなかった彼女の姿。本来、どの学校生活における本当に一般的なあるべき姿に戻った。それは彼女、風見、クラスの誰もが望んでいた姿。尊い命を奪われた者達の為にも、逞しく生きていかなければ、と感じる生徒は多い。この三年三組と云うクラスになり、この不毛な運命と立ち向かう勇気、押し潰されそうな不安、例えようのない葛藤もあった。


「どうですか?見崎さん」
「…」

    −ザワ、ザワ−

「分かりました」
「では、新しい女子のクラス委員が決定しました。見崎鳴さんです」

黒板にでかでかと彼女の名前が書かれた。どよめきの中の拍手。まさか、彼女が、と驚くクラスメイトは目に見えて分かる。内心、ホッとしつつも驚きの方が大きい。

「では前に出て来て一言挨拶をお願いします」

面倒臭いと云う顔色を隠し、彼女は壇上に上がり、クラスメイトの顔をザッと眺めた。改めて生徒達の顔を見た事など、今日、この今の時まで無かっただろう。彼女も皆を見、皆も彼女を見ている。

「宜しくお願いします」

本当に一言簡潔。



   


「嬉しかったよ。君がクラス委員になってくれて」
「別に貴方の為じゃない。気が向いたからやろうと思っただけ」
「断っても良かったのに」
「なら今からでも断ろうかしら」



「駄目」
「何故?」
「折角同じクラス委員になったんだから仲良くしていこうよ」
「…そうね」




そして、冒頭の会話に戻る。

「キスしたい」
「私以外の子とすれば良い」
「君が良いんだ」
「私より可愛い子、いるでしょ?」
「見崎さんじゃないと駄目なんだ」

涙目で彼女が大好きだと告白すると、彼女は困惑しながら言葉を飲み込んだ。「私も」と云う返事が心から欲しい。しかし、断られる可能性は充分高い。そして、この次に発せられた言葉は肯定でも否定でもどちらにでも捉えられる。思い切ってキスが出来てしまいそうな錯覚に陥る。

「…身勝手…」

「身勝手な僕を許して」


目を閉じた彼女の頬に彼の唇が微かに触れた。

「許さない」

キスをした後、彼女は俯きながら彼に告げた。

「許してくれなくても、君はキスをさせてくれた。キスを許してくれた」

果敢無い彼の表情。

「言葉が矛盾しているわ」
「許してないのに何故、キスをさせてくれたの?」

右手を伸ばし、彼女の眼帯に触れ様とすると、彼女はピクリと身体が小さく跳ね、一歩距離を置いた。

「貴方が勝手にした」
「だって肯定も否定もしなかったじゃない」
「それは…」

ポンポンと手鞠が弾む。同じ様な質問を繰り返す彼と彼女。好きと云う言葉に返事をせず、曖昧模糊を突き通す。

「それは?」
「…」

顎を掴みこちらに向かせる。ハッとした彼女の顔が堪らなくそそる。



「黙るのは卑怯だよ?」














終。
2012*02*09
風鳴?智鳴?かざみさ?この二人の呼び方分からないが好き。
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