見えぬ彼の色に気付いてはいけない
−嗚呼…あかんな…この気持ち。あかんわ…認めてしもうたら後戻り出来へん。この煩悩を断ち切れたらどんなに楽か。君にしたい事を全部言葉に出したい。吐き出してしまいたい。涙が出る程に苦しゅうて辛いんや。行き場のないこの想い。えろう深く穴掘って埋めてしまいたい。深海に沈めてしまいたい。ほんまにあかんわ…−
見えない彼の色に気付いてはいけない
「はぁ…」
「何や志摩。溜息ついて」
普段あっけらかんとしている志摩が溜息をついているなど有り得ないと云うような顔で勝呂と三輪は顔を見合わせる。
「志摩さん、悩み事やったら僕らに話して下さい。気ぃが楽になりますよ?」
「…坊に子猫丸…」
俯いていた顔を上げた志摩は少し血色が悪かった。
「話してみぃ」
「…」
「黙ってたら分かりまへんて。何があったんですか?」
「好きな奴が出来たんや」
志摩の告白は彼らの許容範囲に入っていた。志摩はこれまでにも恋の悩みでこんな時があったのを二人は思い出した。結果は既に恋人が居たか、告ってフラれるかのどっちかに別れていた。
「ほぉ?そら喜ばしいやないか。なぁ?子猫丸」
「そぉですよ」
「で、相手は何処の誰なん?」
「…この塾におるんや」
「て事は杜山さんか神木さんですね。朴さんはやめてしもうたから」
「どっちやねん」
「いや…」
今現在塾に在席している女子は二人。しかし志摩は好きな人はこの二人ではないと云うらしい。首を振り、違う、と。
「じゃぁ誰や」
「!分かりました。霧隠先生やないですか?志摩さん好みの体型やし。年齢不詳やけど」
子猫丸は頭に電球が点いたように閃いて名前を出した。
「そうなんか?」
「違います…」
「他の女云うたらもう思い当たらんわ」
「僕もです。霧隠先生やない云うなら他に誰がおるんですか?」
名前を曝せと二人の圧がかかる。実際云った所で相手にされないのがオチだ。果たして、相手の名前を云って良いものか悪いものか…
「誰にも云わん。三人だけの秘密や。云うてみ」
「約束します。相手は誰なんですか?」
本当の事を云っても信じる信じないは別として、この二人ら他言はしないだろう。今までの経験上、誰かの秘密を暴露するような真似はしなかった。秘密は秘密だ。本人のプライバシーを守る義務がある。相手が誰であろうとその義務を貫く覚悟をした二人がだ、彼から出された名前により、複雑な気持ちになったのは云うまでもなかった。
「奥村君」
「?聞こえん」
「だから奥村君なんや!!」
『!?』
予想もしなかった人物の名前が浮上したので二人は声が吃(ども)る。
「ちょ、おま、」
「しし志摩さん?」
−ガラガラ−
『あ…』
二人が動揺している姿を、直後に塾にやってきた人物に突っ込まれる。
「?何してんだ?お前等」
見れば二人は志摩の口を塞いでいた。
「ムググ…ンン」
どうやら"奥村君"と云っているようにも聞こえたが敢えて流し、話題を切り出す事にした。
「さっき購買にゴリゴリ君とコラボしたノートとシャーペンとボールペンが売ってさ、ノートだけ買ってきた」
ビニール袋からガサガサとノートを取り出し、自慢げに見せた。
「めでたい奴やな。これで勉強もはかどると違うか?」
「良かったやないですか」
「だろ?ってかめでたくねぇし、云られなくても勉強はかどってんだよ!」
"また始まったと"三輪は溜息を漏らし、志摩は解放され息をゼェゼェさせて勝呂と燐を見つめている。
−少年が彼の気持ちに気付くのはまだ先の事−
END.
-umi-
2011*06*18
志摩君→燐君
まだ志摩君の纏う恋の色香に気付きもしない燐君。
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