死の旋律は貴方へ還り
─気付かぬ振りをしていれば良かった。自分の気持ちに。オードリー、いや、ミネバがきだと云いつつも、違うもう一人の人物に心に引っ掛かって喉が詰まる。本当はどちらが好きなのだろう?─











パイロットとなれば、戦場こそが死に場所となる。誰かの腕に抱かれて死に逝くなどと云う考えは入隊した時に捨てた筈だった。そう、何時だって死と隣り合わせ。だが、人をきになってしまうと、そう云った考えは薄れてしまう。恋愛感情ではないにしろ、人をきになると云う感情は幾つになっても大切なのだろう。だから、復讐、仇討ちなど争いを繰り返す。""と云う名の呪縛を完全に己と決別しなければ生涯纏わり付く。しつこくしつこく。

「何故あの時、撃たなかった」

戦闘が終わり、当初の命令だった、"ユニコーン及び、パイロットの"。ロニを撃てる様、手助けをし、チャンスを与えた本人は「撃てない」と最後まで拒否し続けた。不本意ではあったが、撃たなければ撃たれる、それが戦場であり戦争。生き続けたければ殺す事さえ厭わない。兵の基本たる基本の一つでもある。だが、撃たなくてもバナージの説得で止められたかもしれないと云う可能性も一理あった。コックピットから出るなど、正気の沙汰とはとても思えなかった。あれは、彼でしか成せない方法。きっと第三者が行えば即、撃たれてうたに違いない。"バナージだからこそ相手に届いた"と云っても過言ではない。だから悔しかった。彼女を止めたかった訳ではないが、まだ子どものバナージがあの様な無謀な行動を起こし、ユニコーンを駆使し、戦場に不慣れだと嫉妬めいた感情が男を包み込む。同じ相手を好きになり、ミネバは自分よりもバナージを選んだ。それも悔しい。独り善がりの嫉妬とはこの事を指すのか。

""の呪縛から最期に離れられた彼女が羨ましかった。それ程までにこの呪縛は深く、厄介で己と云う人物を縛り付ける。俺も彼女もミネバも、そしてバナージ、お前も。



   



「…撃てる訳がありません」
「何故」


全身の力が抜け、茫然としている機体越しにバナージに銃を向ける。リディは有無を云わさず、素直に従う様に投降させ、それに従うバナージを見る表情は不満げである。

ラー・カイラム内に回収されたユニコーンとバナージ。機体から降りると胸倉を掴まれ、先程の質問を繰り返される。

「何故」
「…」
「何故撃たなかった!!」

すぐに答えは出ていたが、声に出すのが億劫だった為、黙っていたら殴られ、床に尻餅をつく。

「お前は甘いっ。説得を続けるよりも、攻撃し続けていれば事態を急速に収める事が出来た。下手をしたらあのまま、お前は、」

そこでリディは酸素を吸うべく、台詞を止める。一気に言葉に出したので、ハァハァ、と息が荒い。

「仕方ないじゃないですか!撃てないもの撃てませんっ」

バナージも反論すると、何を思ったか、リディは何も云わず腕を引っ張り出し何処かへ歩いていく。

「ちょ、あ、あの、何処へ…」
「二人きりになれる場所だ」
それって…

バナージは期待してはいけない期待をリディに抱いてしまった。今、この様な旋律の期待をしては駄目な事位分かっている。しかし、戦闘後の高ぶる肉体と精神。後味の苦い結果になったとしても尚、身体が男を期待と云う旋律を求めてしまう。

「…期待してるのか?」
「違います」

急に立ち止まったリディはバナージに振り返り、顎を掴み上げた。

「期待してる様な口調に聞こえたぜ?何なら今、此処で犯しても良いんだが」
「!?…」
「慰めてやるよ。泣かせてやるから」
「ひ、必要ありません」
「俺が必要なんだよ」

リディの唇が徐々に近付いてくる。バナージはその唇が時折苦手であった。嘘を伝う唇、本音を云う唇、愛を囁く唇、卑猥な言葉を吐く唇。どれもリディであるのに、別人に思えてしまう節がある。

「嫌だ!」
「キスの一つや二つどうって事ないだろ?」

十センチ、九センチと距離が縮まる。この幅になると腕を少し伸ばしただけでも相手を突き放す事が出来る。

「そんな簡単な風に云わないで下さい」
「簡単?」
「ん…」

MS越しの手がバナージの頬に触れる。

「…」
「誰にだってする訳じゃない。お前にだけだ」
嘘ばっかり

小声でそっぽを向いて悪態つくが再び顎を引かれ、眼前に男の顔が映る。

「嘘じゃないって事を証明してやるよ」
「やめて下さい!!」

「俺は俺が好きな女しか抱かない」
「俺は男です」
「俺からしたらお前は女だ」
「下種…」

睨み付けながら自分でも云わない様な軽蔑語を吐いた。顎から手が離れると胸倉を掴まれ、壁に思い切り叩き付けられた。


    −ダン!!−  

「この際だから云っておくが、軍人に対する口の聞き方に気を付ける事だ」
「いたっ」

「まずは敬語。リディ"さん"ではなく、リディ"少尉"。それと、目上の人間には敬意を評さなければならない」
「…」

左手は首を軽く絞め、右手は少年の左肩に力を入れる。

「次に、手を出されても抵抗はしない事」
「あ…」

本気で絞めるつもりはない。警戒心として圧力を掛けてやる程度。

「相手に噛み付いてはならない」
「う、」

数日前、フル・フロンタルと対峙した際、部下のアンジェロ・ザウパーに蹴り付けられた部分に、男の指が食い込む。

「素直に受け入れて、許しを請う」
「痛い」

軍人の男だ。指先に微かな力でも、何の訓練も積んでいない民間の少年には、その強さが余計に感じられる。

「生意気な事を云って申し訳ありませんでした」
苦しい…
「ほら云ってみろ」
「…」
「バナージ」
「ぐ、」

喉の窪みに力をグッと押され、少年は一気に噎せる。

「!けほっ…、はっはっ…」

首の圧力は離れると右肩にも左同様、壁に抑え付けられる。噎せた身体は前のめりになれず、上手く咳が出来ない。

「…」
「…」
「リ…」

男の名前を口に出すのが怖くなった。会話をするのも。男が気に食わなかったら、と思うと今度は本当に殺されるのではないかと。そう。戦争に関わる者は容赦ないと何度も実感し体感してきた。ならば、この男もいざとなれば少年を殺す可能性も少なくない。例え、恋仲であったとしても。命に従うのが軍人だ。少年とは生きてきた環境も違えば、価値観だって異なる。それは軍人でなくとも、一人一人異なって構わないのだ。

「バナージ」
「……」

呼ばれたものの、恐怖で応答出来ない。脂汗が額から顎に流れ伝う。次は何をされるのか。先程の流れで大体は予想はついている。この場で犯されるのか、別室で犯されるのか。どちらも"犯される"と云う逃げ道のない答えにしかならない。

「…(誰か)」
「黙っていたら分からないだろ?」
「…、か」
「バナージ」
「誰か助け−−んぅっ」

大声を出し助けを呼ぼうとした声は最後まで続かなかった。男と唇が重なる。

「んぁ…」
「助けを呼んだ所で誰も来ないさ。お前は俺達の敵になる立場になるからな。ユニコーンは手厚く回収されたが、可哀相に…お前は俺に抱かれる運命にある」

「リ、ディ…少尉」
「優しく犯してやるよ」
「!!」

耳元で男の声が生めかしく響く。捕まった。身体も心も。全て囚われた。逃げる道は何処にもない、と脳が警鐘する。

「来い」

  ─もう逃げられない─

「嫌っ!離して」


  −バシッ−


平手打ちが少年の頬に当たる。

「あ…」
「…」

反射的に手が出てしまった。こんな緊迫した空気の中、男に手をあげたのは初めてだった。今の男は、本気で少年を殺そうとしても可笑しくない状況である。簡単に殺す事が出来る。

「あ、あの…」
「バナージ」
「、その」

平手打ちされた少年の手を取り、指に舌を這わせる。

「っ」

生暖かい舌の体温。ザラリと気味の悪い感触。悪寒が走る。一本、二本と舌が指を舐めれば少年は後ずさりするが、後方は壁なので下がれない。

「バナージ」
「リディさ…」
「"少尉"と云っただろ」

─駄目だ。このまま堕とされてしまっては。流されてしまっては─

「リ…ディ、少尉
「やはり、お前には躾が必要だな」
「ぅぐっ…」

一発、少年の頬を殴り黙らす。
有無を云わさず、男の部屋へと早足で連行される。少年はそれに従うしか道は残されていなかった。

「部屋に着いたらもっと抵抗して構わない」
「え?」

拍子抜けした少年の声が何とも可愛らしかった。




「抵抗された方が躾のし甲斐があるってもんだろ」
「!?」
「さぁ、歯向かってみせろ。その分、たっぷり可愛がってやるから」
「……」

少年は声が出せず、恐怖に押し潰されていた。これが軍人と云うものなのか。男の威圧感に少年は成す術無く、これからの行為に従うを得なかった。

「怖がる事はない」
リディ少尉
「目を閉じろ」

少年は目を閉じる。その胸中は不安と恐怖で壊れてしまいそうだった。









終。

2011*12*12
-umi-
リディを軍人として直視させられる羽目になるバナージが書きたかったのです。
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リゼ