凡骨とブランコに乗る
夜だった。無性に月が見たくなってオレは適当にあったかそうな上着を羽織りマンションのエレベーターに乗り一階に出て、何処に行くわけでもなく童実野町を歩いた。空を見上げると半月で、雲で覆われそうになっていた。明日は雨かなあとか考えていると工事中の道に出くわしてしまったのでああここ通行止めになってんのか、通れんわ。戻ろう。そう踵を返した時に聞き慣れた声が聞こえた。
「あれっ前田じゃね?」
「あ?」
何故か交通整備員の格好をした城之内がそこには居た。

×××

オレは成り行きながら城之内のバイトが終わるまで待ち(実際10分程度しか待たなかった)城之内に自販機で買ったコーヒーを渡した。今日さみぃから、と言って。実際に城之内の鼻は赤くなっていた。とりあえず公園に向かいながら城之内と話す。
「ぁあ前田、あんがとな、コーヒー」
「どういたしまして。ポタージュ系の方が良かったかなとも思ったけど」
「いいやこれで…ん、良い。あったまる」
オレはココアをすすりながらブランコへと座った。城之内はオレの隣のブランコに腰掛けた。
「最近おしるこ置いてる自販機少ねえんでむかつくわ」
「はは、んだよそれ」
オレがキイ、キイとブランコを漕ぐと懐かしい感じがする。…なんなんだろう、今日。なんかノスタルジックで困る。
「いや甘党としては大問題なんだよ。マジで」
「前田って甘いの好きなの?」
「そう。オニオンスープ置くくらいならおしるこ置けおしるこ」
「ははは」
オレはココアを飲み干して、空き缶をゴミ箱に投げた。我ながら見事に入った。
「…城之内あれバイト?」
「そう」
「校則違反だぞ」
「チクるなよ」
「チクらねえよ」
「はは即答か。サンキュな前田」
城之内が笑ってコーヒーを一口飲んだ。オレはブランコをきいきい音を立てて少し揺られながら空を見上げた。無性に寂しい気分だわ今日のオレ。城之内と会えて良かった。
「…どういたしまして。なあひとつ聞いて良い?」
「ぉ?んだよコーヒーのお礼になんでもオレ喋るぜー」
「“なんでも”て…。じゃあお返しに城之内もオレになんかひとつ聞け」
「ん、了解。そんで前田よなに?」
「…ぇ?」
しまったただ城之内と喋りてえだけで何聞くのか考えてなかった。あっちゃーこれ瀬人相手なら怒鳴り散らされるのが目に見えてんよどうしようどうしようどうしようと泳ぎそうになる目で城之内を見るとハテナマーク抱えてた。そりゃそうだ。
「…前田?」
「ぁ、あー城之内はなんでバイトしてんの?なんか欲しいもんでもあんの?」
「…それ?」
とりあえずバイトの話を振ったら城之内はうーんとなにか考えている。
「聞いちゃまずいことなら話変えて」
オレがそう言うと城之内は笑った。
「ただのよくある家の問題」
…言葉を濁すってことは訳ありか。
「そっか。教えてくれてありがとう」
オレは城之内にお礼を言いただ真面目に話を逸らそうとしたのに城之内はブランコからがしゃんとずっこけそうになっていた。
「城之内なにしてんの。ひとりドリフやめて笑いそうになる」
オレこれでも結構堪えてるんだよ分かれ。今笑う雰囲気じゃねえだろうが。いや城之内ごめんオレ葬式で坊さんのお経聴きながらただひたすら笑いを堪えるタイプなんだわ。多分あれ“我が家とはなんも関係ねえ奴が正座しながらクッソ真面目になんかぶつぶつ言ってる”っていうのが悪いと思うんだけど。そんな坊さんに思考を飛ばしていると城之内が切り返した。
「…ごめ、予想外すぎて。深く聞いて来ねえの?」
「んな柄じゃねえよオレは」
そもそも自分からなにか聞くタイプでもない。今日のオレはやっぱり何処かおかしい。
「ふーん。じゃあなんで軽く聞いてきたんだ?」
「…今のオレがちょいセンチだからかな。なんかとりあえず城之内と喋りてえと思って」
これはオレの正直な気持ちです。
そう目で伝えると城之内は何かしら理解したようでこくりと頷いてくれた。助かった。
「…そなんだ。じゃあ次オレの番な。…前田はなんでピアス穴あけてんのにピアスつけてねえの?」
「それ聞く?」
それ聞くのね。別に悪くはねえけどみんなそんな気になることなのかね。
「聞いちゃまずいことなら話変えて」
「それさっきのオレのセリフだろうが」
「ははは。お返しだぜ」
「なんのだよ」
「さっきの前田カッコ良かったから」
「ああそう…じゃ返事な。“昔のオレの好きな人がピアスつけてた”から」
ああこの話を誰かにするのは初めてだ。オレはなんとなく地に足を付け一度立ってからブランコの上に足を置き軽く漕いだ。立ち漕ぎ懐かしい。靴飛ばしとか昔したなあていうか相変わらずきいきい言うならこれ。
「…今のそいつピアスつけてねえの?」
城之内を見るとコーヒーを飲みながらオレを見上げてきた。オレはどう言うか少しだけ考えて、
「いいや?知らね。その人今しんでるから」
正直に言った。
「……は?」
城之内は目を丸くした。そりゃそうだ。
「病気を苦にして自分から死を選んだんだよ」
自殺ってか自死っつーのかなあれは。生きていてもどうせ長くはなかったけれどオレは正直言えば自分の余命をまっとうして欲しかった。
「…なんだそれ…」
ああ城之内のその言い方、あの人の死んだ姿を見たときのオレの言い方に似てんな。
「マジ話だ。だからオレはこれからピアスをつけないしつける気も起きないと思う。以上」
しかし今考えてもよく後を追わなかったなあオレ。そのくらい本気で好きな相手だったんだほんとに。でも自分から死ぬっていうのは許せない。しかしそれはオレを置いて逝ったから許せねえのかな?どうなんだろうオレの心はもう乾いてしまったのかよく分からない。あのとき泣きすぎたせいだろうか。でも恨んじゃいねえんだ。生きてるうちにオレと出逢ってくれてありがとう。
城之内の返事がねえなあと思ってオレが城之内を見ると呆然としていた。
「どした城之内」
「…オレなんて言ったら良い?」
「なんも言わねえで良いよ。もう終わったことだしオレもただ誰かに聞いて貰いたかっただけかも知らん」
ああむしろ終わって“しまった”か。
「いや…だってさあ」
「ある種の通り魔的犯行なので気にしないで下さい」
そう言いうりゃあと力を込めて漕いだら結構揺れてびびった。ブランコこええ酔うかもこれ。
「気にする上に通り魔てタチ悪ぃな前田!!!」
城之内が勢い良くそう言うとそのまま勢い良く立ち上がりオレと共にブランコを良い歳こいて立ち漕ぎ。なんか楽しくなって来たなにこれ。
「ははは!」
「…乗り越えてんのな!」
「正直わからん!」
「つか海馬とかその話知ってんの?」
「まだ言ってねえんだわそれが!」
当の本人めっちゃ聞いてくるんだけど言う機会が中々ねえの。
オレがそう言うと城之内は笑った。
「あいつあんな性格だもんなー」
「慣れれば結構かわいいけど」
「はア?!海馬のやろーの何処が?!!?」
「“慣れれば”ってオレ言っただろうよ城之内!」
ブランコがきいきい揺れる。
「…前田ってもしかして苦労性…?」
「慣れた」
「疲れねえ?」
「だから城之内に過去話したんかも知れん」

あとで『靴飛ばししねえ?』って城之内を誘ってみよう。






(前田ー)
(なに?)
(オレん家の話聞いてくれる?)
(良いよ)
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