ここにいるよ(鰯様より)
神や仏は信じない。
木の葉の奴らみたいな特別な“意志”も俺は知らない。
そんなものに依存したりしない。

敢えて信じてるものがあるとしたらあんただ。
ちょっとばかし馬鹿げちゃいるが、あんたの美学は悪くない。
悪くないし、やっぱり、すげぇかっこいいぜ。



気分は最悪だった。
任務はドタキャンされ、烏は壊れる、テマリには叱られ、しまいには指を折った。

わかるか。
指を、折ったんだ。
この俺が。
仮にも一流を背負う傀儡師である、この、俺、が!
指を折ったんだ。
左の薬指、第二間接の間近。

朝から続く不運と自分の迂闊さ加減にどうしようもなくうちひしがれた。
自慢じゃないが精神修行がなかったら自殺未遂くらい軽く起こせる程度には落ちてる。

半狂乱で直した烏を抱き締めて、地べたにへたり込んだ。

なんで来ちまったんだろうな。
此処に来たってどうしようもないってのに。
わかってんだ。
よくわかってるんだがよ、もう何て言うかさ。


「……なにしてんだろな、俺…」


クークーと夕暮れに紛れて野鳥の声が響いた。
目の前では細工の込んだ石碑がちょこんと俺を見下ろしている。

あの大戦の後、我愛羅に頼んで造らせてもらった赤砂の墓石だ。
最期の最期、誰よりも尊敬する男が穏やかに笑っていた場所を、俺は忘れる事はなかった。
寸分違わず、此処だ。

そう、此処にいた。
此処に立って、あんたは俺なんか到底かなわない業をたくさん見せてくれた。
強かった、本当に強かった、たまらなく強かった。
赤砂の繰演、ずっと見たくて堪らなかったんだ。
戦いながら敵わねぇって思ったよ。
あんたは理想通りだった。
やっぱり天才だった。
すげぇかっこよかったぜ、その証拠によ、今だって憧れてんだ。

あァ、

…師匠って呼びたかったなァ。


「……っ、う…畜生…」


ぐず、と鼻を啜る。
理由なんかわからない。
ただ涙が溢れて止まらない。
あぁヤバいな。相当きてたみたいだ。
でも此処には誰もいない。
抑える理由が見当たらないのをいいことに、俺は抑制という言葉を捨てた。


「なんで死ぬんだよ!!なんで暁だったんだよ!!なんで俺が育つまでいてくんなかったんだよ!!!死ねよ!!バカ!!生き返れクソ赤砂!!傀儡バカ!!!…っ、師匠のバカ!!!」


バササッ。
突然の咆哮に驚いたらしい野鳥が一斉に飛び立つ。
辺りにひらひらと、夕陽を吸った赤い羽根が舞い落ちてきた。
鼻がつまる。苦しい。
ずびずびと餓鬼みたいに鼻をこする。

そして呆然と空を見上げて、俺は一瞬死んだ。

らしい。



「誰がバカだって?」


見上げた先で、気だるげな目元が、ゆるく笑う。
ひらひらと落ちる赤い羽根を背にして、夕陽すら眩むような赤い髪が風に揺れていた。

嘘だ。

うそだウソだ嘘だ誰か、嘘だって言ってくれ

早く。
早く。早く。
早く!!


「?…なんだよ、またお前人の作品壊しやがったのか」

「え、ぁ…すんませ、」

「は?……バァカ。何謝ってんだ。戦闘用なんだから当然だろ。…見せてみな」

「!…おう…」


すとんと当たり前のように、俺の目の前に赤砂が座る。
烏を受けとると、目付きが変わった。
何やら独り言を呟きながら、時々こっちにメンテナンスのコツを教えてくる。
何気ない一挙一動が洗練され、無駄がなく、そして美しい。
幼い頃から憧れ続けた一流の職人が、そこにいた。

夢みたいだ。
今なら俺死ねる。
悔いなく死ねる。
もしかしたら俺はもう死んでんのかもしれない。
こんな最悪な日だ、あり得る。

いや
いまは最悪どころか、最高だけど。


「まァ…オレ程じゃねェが良い腕してんじゃねーか。ほらよ。次からは気を付けろ」

「…ん」


おいふざけんな。
死ねよ俺。
まともに礼すら言えないのか。畜生頭を掻きむしりたい。でも赤砂の前で無様な行動をとるなんて御免だ。

そんな心境を知ってか知らずか、赤砂は終始機嫌がよさそうに見えた。
性格なんかよく知らないから、勝手な推測だが。

よくわからない白昼夢の中、放られた烏を受け取ったとき、不意に左手が鋭く痛んだ。

…うわ、そうだった。
これだけは知られたくない、無意識に左手を背に隠した。


「…それどうした?」

「…何が」

「手。怪我か?」


じ、っと責めるでもなく穏やかな声で聞かれて、俺は何故か逆らえなかった。
ちらと視線だけ上げて赤砂の表情を伺う。
端正な顔が不思議そうに眉を寄せる。


「…折った。薬指だけだけど」


我ながらぼそぼそと聞き取りにくい声で呟いた。
おかしな沈黙が痛い。
呆れられたか。
いや、何だかうっすらと怒気を感じる。
うわァ…そりゃそうだよな…仮にも傀儡師だってのに、骨折なんて。
しゃれにならねェよ。

…畜生、


「おい」

「…ハイ」

「誰にやられた?」

「え、いや。誰にっつか…ちょっと」

「ちょっとじゃねェ。誰にやられたんだって聞いてんだよ」

「!ぅ……あの…いや、里の工房で…あんたの傀儡がカスみたいな値段つけられてて、」

「は、」

「近場にあった愛玩用を…こう…ぶん殴ったら案外丈夫で、だな…」

「…任務じゃなくてか」


どこか抜けた赤砂の声に、渋々頷く。
叱られるのか呆れられるのか、俺は気が気じゃない。


「すんません…」


あぁあやっぱり最悪だ。
これじゃ赤砂に憧れる資格なんかない。
唇を噛み締める。
自分の未熟が悔しかった。
いちばん知られなくない人にいちばん情けない状態を晒してしまった。

たとえ夢でも、嫌だ。

予想される罵詈雑言に覚悟を決めて、腕の中の烏を精一杯に抱きしめた。


「やるじゃねェか」


予想外に笑い混じりの弾んだ声、同時に頭がくらっと重くなった。
確かな体温がぶっきらぼうに俺の髪を撫でていた。


「さすがオレの弟子なだけあるぜ。まァ短気まで似てるとは思わなかったけどな」


ふん、と鼻で笑う雰囲気は傲慢そのもの。
それでも滲み出す優しさが痛かった。
視界には地面。
水気の引いた目が、また意味もなく潤みかける。

…いま

なんて言った?


「だが骨折は感心しねェな…ちゃんと治せよ。傀儡師は指先が命だ」


言い聞かせるようにポンポンと頭を叩かれて、ただただ無言で頷いた。
何度も何度も。
頭ん中は混乱と動揺で大変なことになっている。
何か言いたいけど定まらない。
いまは絶好の好機だってのに。

動いてくれよ。
頼むから。

握り締めた左手は痛かった。


「…っ…ししょう…」

「おぅ」

「ッ、く……ご指導、ありがとう…ございました…!」


言い切って、じり、と額を地面に押し付けた。

十分か不十分か、気が利いてないのは確かだけれど。
今の俺にはそれが精一杯で。

赤砂が弟子だって言ってくれた。
師匠と呼んで返事をしてくれた。
それだけで俺は有頂天で、うれしくて泣けてきて仕方ない。
ダメだ。我慢なんかできる訳ない。

夢でもいい。何でもいい。
俺はいま最高に幸せだ。


「気にすんな」


再度のぬくもり。
撫でられた時とは少し違う。
しかし相変わらず、やさしくてあたたかい。
どん底だった心がふわりと軽くなっていく。

間近で聞こえたやわらかな声に、意を決して顔を上げる。
だが、そこにいるはずの赤砂の姿はなかった。

ぽかんと空いた場所を、風が羽根と木の葉を巻き上げては通り過ぎる。
空はうっすらと暗くなっていた。

瞬きの間に刷り変わっていく現実味のない状況、まるで意識がついていかず、全く掴めない。

そのまま数分はただぼんやりと座り込んでいた、と思う。

目の前には石碑が僅かな夕陽を受けてじんわりと光っていた。
徐々に空を浸食する藍色を視界の端にとらえ、ふと思う。

あァ、逢魔ヶ時だ。

…帰らないと。

立ち上がり、帰り道を駆ける。
振り返りはしない。
もう大丈夫だ、俺は大丈夫だ。

何せ赤砂の弟子だからな。


「まァ、そのうち追い越すけどよ」


吹き抜ける風に混じって、調子に乗んなと笑う声がしたような。

そんな気がした。



……………………………

鰯様宅からお持ち帰り、という名の強奪(*´∀`*)
鰯様、こんな素敵な文章を短スパンで紡げるなんてすごいです(*´Д`*)
遅筆かつ駄作しか生み出せない私にも才能少し分けていただきたい…!!

旦那がかっこいい!!!!
孤高の人って感じで、カンクロウが師と仰ぐのも頷けるわって感じの、心身共にイケメンで…!!

カンクロウはカンクロウでちょっぴり短気なとこがらしくて可愛いですね(≧艸≦)
強がりさんなんだからもう♪
でも旦那の前じゃ等身大なカンクロウ(*´艸`*)可愛すぎる愛しすぎる!!
そして切なすぎる…。・゜゜(ノД`)
感情移入しちゃって貰い泣きしちゃいましたよ…
胸が締め付けられますね…!!
今すぐカンクロウを○したい(´;ω;`)

陳腐な表現になってしまいますが、鰯様、感動をありがとうございましたm(_ _)m
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リゼ