拍手
ヒプノシスマイク

1-1


「アンタのそばって居心地がいい」

それが一郎の口癖だった。

左馬刻が最初に違和感を持ったのはいつの時だったか。所々、変な行動をとることが多かった。
月が綺麗に空に上っている日は外に出たがらないとか、何も無いところをじっと見ていたりだとか。
そして今、左馬刻は壁に向かって話しかけている一郎を見つけてしまった。

「…おめぇ、何してんだ」
「あっ、左馬刻さん!俺らのファンだって言うやつが…」
「ファン?どこにいんだよそのファンはよ」

左馬刻の言葉に、一瞬固まり、サッと顔を青くした一郎は先程自分が顔を向けていた場所を振り返る。そして、辺りをキョロキョロと見渡し、明らかに動揺しているのに、必死にそれを左馬刻に気づかれないように下手くそな笑みを浮かべる。

「っあ…いや、オレ疲れてたのかも、しれないっす。すんません、ちょっと頭冷やして…きますね」

人の目を見て話す一郎には珍しく、左馬刻の顔を見ないでその場を去ろうとする。
何も言わず近づいた左馬刻は、無言で一郎の腕を捲ったり、服の中を見始めた。

「っなにを」
「怪我はねぇな。違法マイク持ってるやつとでもバトったのか?」
「っあ、いや…オレは戦ってないっす」
「じゃあ何で壁に向かって話しかけてた。疲れで済ます気なら問答無用で先生のトコ引きずってく」

顔を下に向け、一郎が俯くため、彼より身長の高い左馬刻は表情が伺えない。自ずとつむじを見つめる形になってしまう。

「ホント、なんでもないっすよ」

なかなか話さず、躊躇った末のこの発言、そして下手くそな笑み。
元々、短気な左馬刻は煮え切らない態度をとる一郎がゆっくり話し出すまで待つだなんて、殊勝な心意気は無かった。

離せないような強さで腕を掴むと、タクシーに乗り込む。
一郎の制止の声も聞かずに、降りてからも袖にシワができるほど強く引っ張り、高層ビルのタワーマンションに入り、そのまま左馬刻の家に連れ込んでしまった。
ソファーに座らせ、左馬刻はコーヒーを入れる。
一郎はブラックが飲めないので、いつも通り砂糖を2杯、ミルクを2杯入れた。
突然連れてこられた状況に放心しているのか、左馬刻に言われるがまま飲み物に口をつけた一郎は固まっていた表情を辛そうに歪めた。

「アンタには見られたくなかったんだ…」
「あん?どういうことだコラ」
「だって何も無いところに話しかけるやつなんて気持ち悪いだろ!なんで、見ない振りしてくれなかったんだ…!なんで放っておいてくれなかったんだよ…!!」

下手くそないつもの敬語も忘れ、左馬刻に食って掛かる一郎は今にも泣きそうに顔が歪んでいた。泣きたくても泣けない一郎はつらくてどうしようもない時こういう顔をする。左馬刻が見たのは二度目だった。一度目は、弟達を守るのに自分だけではどうしようもなくなったとき。

「あ?何で俺様がお前に気使わなきゃなんねえんだ。何度も言わせんな一郎。これで最後だ、何でてめえは壁に向かって話しかけてた」
「……るんだ」
「あ?」
「オレは幽霊が見えるんだよ…!」
「……は?」

咥えていたタバコが落ちる。言われた言葉を咀嚼し、頭で噛み砕くのに一分。しっかり落としたタバコは怒りながらも一郎が灰皿に捨てていた。

「…そりゃ……おめー……あー、マジか?」
「マジっすよ!こんなの、信じられないでしょう!?頭がおかしいやつと思われる…!」

なんて声をかけていいか迷い、俯いた一郎を見ると、微かだが小さく震えていた。
いつも眩しいほどに真っ直ぐ前だけを向いて歩いていく一郎らしくもない。

どんだけビビってるんだ。

少し、おかしくなった左馬刻はふっと笑ってしまった。

「へぇ。ちっせー頃からか?」
「…え……あ、はい…生まれた時から」
「どんなのが見えんだ?」
「…色々です。テレビでやってるようなヤバそうな奴もいますけど、普通に生きてる人達と変わらないような人も……」
「じゃあ、今回は後者だったわけか。あーそういや、てめえが何もねえ方向をじっと見てた時っていたのか?そこに」
「あ、はい…あのオレ、昔それで失敗しちゃったことがあって、それから人の事生きてるか死んでるのかじっと見る癖があって…」
「へえ…あ、まてよ。今もいんのか?つか俺の家にいるのか?」
「いないっすけど…っていや、なんで普通に話してんすか!信じたんすか!?」
「あ?なんだてめえ嘘なのか?絞めんぞ」
「う、ウソじゃないっすよ!でも……」

信じられない。そう一郎の瞳は語っていた。
敬愛する左馬刻の言葉ですら、ここまでしなければ言わなかったんだ。昔、相当なことをやらかしたんだろう。
しかし左馬刻からすれば、最悪、違法マイクで頭がぶっ飛んだと思ったのだ。幽霊が見えるなんて事実はなんてことない。

「ごちゃごちゃ、うるせーな」

一郎の腕を引っ張ると、全然力の入ってなかった体は簡単に左馬刻の方に寄りかかった。
戻る
[企画|益若つばさ|hide]
リゼ