スーパーで食材と、生花売場で香花を買って帰る。
帰り道にはこじんまりとした保育園があって、ピアノの音と可愛らしい無邪気な歌声が聞こえて来る。
今日は快晴。
きっと家につくころには、ベランダにちょうど良く日差しが当たる頃だろうから、布団を干したら気持ちが良さそうだ。


父と二人で暮らしている賃貸のマンションには、似つかわしくない大きくて立派な仏壇がある。
その仏壇には祖父母と母の写真が並んでがざられている。

昨日の夜何とは無しにお線香をあげたときまで気づかなかったのだが、香花が枯れていて、随分と仏壇まわりに埃がたまって、お供えのお水は蒸発していて空っぽになっていたし、勿論お米もカピカピになっていた。
随分と手入れをしていなかったなぁ。
最後にしたのは、母の日の前だから、2ヶ月もたっている。


最低。


それでも香花の上のほうには新芽が伸びていて、その生命力に驚かされる。
こんな場所でも、ちゃんと生きているのだ。

中学生の頃に祖母が死んで、大学生の頃に祖父が死んだ。
その介護やら葬式の段取りやら、母は忙しなく働いた。
今度私と2年留年した兄がしっかり一緒に大学を卒業して、就職が決まり会社に馴染んでくると、その役目は終えたと言わんばかりのタイミングで母が死んだ。


死因はくも膜下出血だった。


母が死ぬ2週間前に、父と母は離婚していた。
それを知らされたのは、母が死ぬ1週間前のことで、何も相談はなく、そういうことだからと一方的に聞かされて電話を切られてしまった。それから数日後に仕事の弱音をメールで母にして、『しっかりしなさいよ』と返信をもらった。


まさか信じられない。

職場にかかってきた電話をうけて、早退させてもらって実家に帰った。
一人暮らしをしていたから、実家に帰るのは大学の卒業式依頼で久しぶりだった。


葬式は父があげた。
世間体だとかお金の問題とか、色々あるようだったから、
母の実家ではなく、父の家系の、つまり私の家の慣れ親しんだお墓に納骨された。
真新しいピカピカ輝く墓石が、なんだか酷く冷たく感じた。


父も辛かったと思う。
母方の祖父母は、崩れんばかりに泣いていたし、自分も死んでしまいたいくらいだと言って母のことを話すし、どんどん痩せ細っていくし、とても見ていられるものではなかった。


今となっては落ち着いたように見えるが、因縁というか、離れようが何しようが、切っても切れないものが、水面下で山積みになったままだ。


母は会社を経営していたし、うまくいっていなかったようで、借金もあり、私と兄は相続放棄したが、そのお金に関しての苦労は、父に全て振り落とされることになった。
父だけではなく、叔母にもかなりの負担になったらしかった。


金の切れ目は縁の切れ目とは良く言ったものだ。


良いときは良いときで寄ってきて、こう、悪くなるとさーっと皆引いてしまう。
父も私も人付き合いがかなり変わった。
誰も何も私に言わないが、きっと見えないところでなんだかんだとあるのだとおもう。


それからツケの清算のために父は家業であった不動産屋をたたみ、土地を全て手放し、親戚一同からかなりの批難を受けた。その後に母の会社を綺麗にして、建て替えてまだ数年の家と土地を売りに出した。


そしていま私たちは2人で暮らしている。
兄は兄で元気にやっているようだが、しばらく顔を合わせていない。
家庭崩壊とはこーゆーことを指すのだろうか。
年末年始すら顔をださないし、地震が起きようとも連絡もよこさない。

しかし、母方の祖父母の自宅には度々訪ねているようだったから、それはそれで特に気にしていない。
もともと仲の良い兄弟ではないのだ。
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