・それ以下でもそれ以上でもない
もう一発殴っとけばよかった。




あーあー、
鼻水垂らしてるよ。
色気も何もあったもんじゃねぇな。
お、ひゃっくり出てきたな。
そんなに目ぇこすってもまた出んだから、垂れ流せばいいのに。
これじゃ、このまぶた、明日の朝は二重台なし一重決定だな。
つーことはいつもより明日は不細工ってことか。もったいねぇな。黙ってりゃ可愛い顔してんのに。
それより鼻水どうにかしたらいいのにな。
優先順位逆じゃないか?
まさかこのまま泣きつかれて寝ちまったりしねぇだろな。
まぁ寝かす気なんてないけどね。
ここからが楽しいのに。

あー、やっぱりあと2発は殴っときゃ良かった。



別に人の泣き顔を観察するのが趣味なわけじゃない。
たまたま出くわすから、一人でいるよりいいだろうと、少し離れて邪魔しないように隣に座り込んで、泣き止むのを待っていた。
その後お−いに泣き顔をからかって大笑いしてやろうというのが、いつもの俺の作戦だ。
こいつはとにかく昔っから良く泣くやつで、隠れてこっそり泣いているつもりらしいが、俺にはいつだってバレバレだ。
俺の行く先、行く先にいるんだから世話ねぇ。
不思議なもんで、他のやつが泣いてるときは、うるせーし、めんどくせーし、きたねぇ顔を冗談で馬鹿にすると余計泣くし、あれだ、とにかく、うぜーし面倒臭い。
ついこの前まで付き合ってた女の泣き顔なんて酷いものだ。
なんつーかグシャグシャ。化粧もドロドロで要は汚ねぇ。そのくせグシャグシャな顔気にしながら泣くんだから呆れる。
泣きながらあーだこーだうるせぇし。
涙は女の武器だって?笑わせんなよ。
ドロドロでグシャグシャでこーもうるせぇと、今まで何でこんな女に発情できたのか自分の趣味を疑う。
まぁ気立てもいいし、あっさりしてるし、悪い奴じゃないんだけど、泣き顔見たらうんざりして一気に醒めたんだ。



なのにこいつときたら、ホント、飽きねぇ。表情がコロッコロッ変わる。
泣いてるこいつ見てると何故か嬉しくなったんだ。
嬉しくないならなんて言ったらいいだろう。そうだな、とにかく、こいつは面白い。


いつも泣いてる理由なんて聞かないし、こいつも言わないで、いつも大人しくヒクヒクしてる。
そんなところも気に入っている。
けど、今日ばかりは聞かなくても理由が解っちまったから、気に入らない。
いつも隠れて独りで泣いてるくせに、今日に限って人前で遠慮なくわんわん泣きやがった。しかも堂々と。
なんか腹立って、原因だろうこいつの目の前にいた野郎をぶん殴った。
なにすんだってゆーから、なんとなくだと言って、こいつ引きずってここまで連れてきたんだ。



なんかムカつかねぇ?


殴った理由なんてない。ホントになんとなくだ。
こいつが泣いてんだ。それ以上でもそれ以下でもない。十分過ぎるだろ。
こいつの泣き顔百面相をじっくり鑑賞して、散々からかって笑わせんのは、こっそり隠れてるこいつをいつも見つける俺の特権だろ。楽しみ方のしらないような奴にそれとられんのなんて、瞬殺だな。


そーいや、こいつとか、おまえとか、おいとか、そんなんばっかで名前をちゃんと呼んでやったことなかったな。
今ここで呼んだらどんな顔すんだろう。
まぁこいつの事だからそれなりに面白いんだろうな。





『レイ』



はっきり呼んだら急にピタッと泣き止んで、目が落ちるんじゃないかって位に見開いてこっちを見上げる。
うわ、やっぱ鼻水すげぇな。いい加減かめよ。

『何だよ、その顔。』
ぱちくりして俺を見て、予想以上のこいつの顔と反応に笑いが堪えられなくて、ケラケラ笑ったら、今度はとんでもない顔して泣いてた時より真っ赤になって、次の瞬間は迫力ない顔で睨んで来る。
もう笑いはとめられなくて、それに逆らう術もなく笑いころげていると、プンスカいいながらまた泣き出した。
湯気でもでるじゃないかって感じだ。



あーほんっと、飽きねぇな。
やっぱもう一度あいつ殴りにいこう。



『お前鏡みてみろよ、すげーよ』
ほら、と鏡の方へ移動させて見せ付ける。
『最高に笑えるだろ??』
鏡を見たあと、また何とも言えない顔を1つ2つしてみせて、鏡越しに俺を見てまたコロッと表情かえながら、なんか言いたそうだったけど、相変わらずケラケラ笑ってる俺につられたように、こいつもようやく笑い出す。
しかも泣きながら。



サイコーじゃん。










理由なんかねぇ。
こいつが泣いている。
それ以下でもそれ以上でもない。
十分過ぎるだろ?
絶対もーいっかいあの野郎を殴りにいこう。

end
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