接吻(綾浦)
ねぇ、試してみようよ
はぁはぁはぁ
み、見ちゃった!
僕はいつものように明日の予習をするために自室を出た。途中喜八郎に会い、彼も一緒にすると言いはじめたので仕方なく二人で作法委員会の部屋に向かうこととなった
喜八郎とは先日想いが通じ合ったばかりで、まだ二人きりになるのには緊張をする。何か粗相をしてしまわないよう気を付けなければ
しばらく無言のまま作法委員会の部屋の近くまで行くと、部屋から仄かな光がもれているのが見えた
「あれ?誰かいるのでしょうか」
「……かもね」
部屋の中を探るように扉の隙間から部屋を見渡した
するとすぐ見慣れた美しい黒髪が見えた
(あれ?立花先輩か?)
見知った人だと安心した時美しい髪が揺れた
(あれ?もう1人いる…何やって、えぇ?!)
僕は弾かれたように扉から離れ走り出した。喜八郎が呼んだような気がしたがそれどころではない
僕は今見てはいけないものを見てしまったんだ
そう
立花先輩と誰かの
接吻を
しばらくなんの宛もなく走った後、座るのにちょうどいい石に腰をおろした
正直な話、接吻を見たのは初めてだった
接吻ってだけでもびっくりしたけど…なんだろう。いつも立花先輩は大人っぽいけど、さっきの姿はもっと大人びていて美しかった
僕は自分の指先を唇に持っていった
ここを、好きな人と合わせる…のか。なんだかずっと立花先輩の接吻が頭から離れずなんだか恥ずかしい気持ちになる
あぁもう!僕はどうしたらいいんだ!
「おやまぁ、ませてるねぇ藤内」
「き、喜八郎?!」
そういえば喜八郎をおいて逃げちゃったんだ。僕を追いかけてきたのかな。
喜八郎は僕の座っていた石に自身も腰をかけた。二人が座るには狭すぎてバランスを崩したら転がり落ちてしまいそうだ
「あの、すみませんでした!いきなり走ってしまって…」
「別にいいけど…そんなに立花先輩の接吻にびっくりしたの?」
「あわわ!何言ってるんですか!」
忘れたいのに喜八郎はズバズバと僕に語りかけてくる
「もしかして初めて見たの?」
「……はぃ」
「そう、それは災難だったねぇ」
…なんで喜八郎はこんなにも食い付いてくるのか
「ねぇ……私達もやってみない?」
「えぇ?!な、何をですか!!」
「接吻」
喜八郎は僕の腰に腕をまわし引き寄せる。見た目は華麗な喜八郎だが、趣味のおかげで腕の力は半端なく強くて石から落ちる心配はないけど、顔が近すぎて心臓がバクバクと痛いほど鳴っている
「ちょっと、顔あげなよ藤内」
「だって!は、恥ずかしいんです!」
というか、さっき初めて見た接吻をこんなにも早く自分がするとは思わなかった
あ、あれって唇を合わせればいいだけなのかな?!どうすればいいか分からないよ!
「何も考えなくていいよ、藤内はじっとしてて」
「え?でも、…ンッ」
最初何がなんだか分からなかった。ただ唇がとても暖かいものに包まれている感覚が僕の思考を犯す
「…ンッ…ぅんん?!」
な、何これ?!し、舌?何てものを入れてるんですか喜八郎!
驚いてバタバタ手足を暴れさせるとようやく喜八郎が唇を離してくれた
「うん…こんなもんかな」
「はぁ、はぁ…こんなもんて」
一つしか違わない筈なのに喜八郎は大人だ。自分だけが必死なようでなんだか腹立つ
「どうだった藤内?」
「どうって…す、凄かったです」
「そう、それは良かったね」
そう言うと喜八郎はまた僕の顔に近付き優しく囁く
「これから特訓だね?藤内」
どうやらこれが大人の第一歩のようだ
戻る