誓い(綾浦)
「…あ、綾部先輩」
「喜八郎…でしょ?」
「き、きはち…ろう」
なんで…こんな状況に!
今日は二人で委員会の後片付けをするために用具倉庫に来ていた
二人で、と言っても綾部先輩は積極的に片付けなどしないから僕一人でやっている様なものなんだけど…
チラリと眠たそうな綾部先輩を盗み見してみる
彼に対して幼い恋心を抱いたのは随分前の事だ
ふわふわと柔らかい髪、綺麗な瞳…そんな可憐な容貌なのにも関わらず、獅子の様な強い心と隙を見せないしなやかな動作は一瞬にして僕の全てを奪い去った
…せっかく綾部先輩と一緒なんだから話とかしたいけど、気の利いた話が出来るほど僕は器用ではない
粗方片付けが終わる頃には陽も暮れていた、もうそろそろ終わりにしましょうと綾部先輩に言おうとしたその時
『はにゃ〜倉庫閉め忘れたのかなぁ!食満先輩に怒られる!』
ガタンッガチャン…
え?今、入口で何か…
急いで戸を開いてみるが…開かない?!きっと誰もいないと思って鍵を閉められたんだ!
「あ、開けて!誰か!」
「…どうしたの、藤内」
あぁ、そんなのんびりとあくびしてる場合じゃありませんよ
「どうやら鍵を閉められたみたいで!」
「おやまぁ…仕方ないね、明日には開けてくれるでしょ」
綾部先輩は飄々と言うと用具を動かし寝る場所を作る
なんでこの人こんなに冷静なんだろう…しかし綾部先輩の言うことも確かだ
もう皆夕食なり入浴する時間になっているため、こんな倉庫に来る人なんてまずいない
おまけに綾部先輩は神出鬼没で有名だし、僕の同室の数馬は今夜委員会があるとかで留守だから…僕達がいないという事に気が付き探す人もいないのだ
「……はぁ、まさか倉庫で一晩過ごす日がこようとは」
しかも綾部先輩と…二人きりだなんて
今更ドキドキと胸が鳴り始めた…ば、馬鹿さっきまでも二人きりだったじゃないか!
「…藤内、こっちおいで?」
綾部先輩は丁度二人が寝転べる場所を作り、僕を手招きする…だけど
「せ、先輩少し狭すぎじゃないですか?!」
「これしか隙間を作れなかったの…」
だから早くと僕を急かす
こ、ここは行くしかない!男は根性です!
「…し、失礼します」
一応断りを入れ綾部先輩の横に横たわる
「…せ、先輩もう寝るんですか?」
「昨日あまり寝てないから…藤内は好きにしてていいよ」
そう言うと綾部先輩は目を閉じてしまった…
僕は寝るには早すぎるし、何より憧れの綾部先輩が触れ合ってしまうくらい近くにいるのだ…緊張して寝れる状態ではない
月明かりが、隙間から僕達を照らし出している
静けさが学園全体を包んでいるのがわかる…皆もう寝静まったのか
「……ン、」
「…ぁ、先輩?!」
隣で寝ていた綾部先輩が寝返り僕に引っ付いてきた
春になったとは言えまだまだ夜は冷え込むから、自然と体が暖を求めたのだろう
少しくらい…いいよね
僕はそっと腕を伸ばし綾部先輩の肩に恐る恐る触れる…わぁ、触っちゃった
近付いてきた熱に、綾部先輩は更に身体を密着させて来た
「あ、綾部先輩」
どうしよう…綾部先輩の香りに頭がクラクラしてきた
綾部先輩の手が僕の背中と腰に回り、足が絡められ身動きが取れない
これ以上は本当に僕がおかしくなってしまいそうなので強く押し返すと
綾部先輩とバッチリ目があった
「綾部先輩起きてたんですか?!」
「…喜八郎」
「…は?」
「喜八郎って呼んで?」
そう言うと綾部先輩は僕の頭巾をするりとほどき、耳元に息を吹き掛ける…ひゃ、腰がゾクゾクってした
「…あ、綾部先輩」
「喜八郎…でしょ?」
「き、きはち…ろう」
もう…何が、どうなっているのか
あ…綾部先輩の顔が近づいて、
どうやら僕の精神は限界まで来たようで
「藤内!ッ無事か?!」
戸が開き、立花先輩の叫びを聞いた後
意識を手放した
◆
「…おはようございます」
「あぁ清々しい朝だな、浦風」
朝起きたら潮江先輩がいた
びっくりして訳を聞いたら、昨日倉庫で寝ていた僕を立花先輩が見つけて六年い組の部屋に運んでくれたらしい…あれ?でも綾部先輩はどうしたんだろう、立花先輩もここにはいないし
「…立花先輩は今どちらに?」
「うッ…作法委員会室に…でも今絶対に行くな!」
「………はぁ」
まぁ今日も委員会あるからその時にお礼を言えばいいか
僕が暢気に朝風呂と朝食を潮江先輩と取っている間、綾部先輩は『浦風藤内の許可なく身体に触る事は絶対にしません』という誓いをたてさせられていたというのは…また別の話
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