新世界

77話扉絵を元にした五条と夏油の芸人パロです。


・五条と夏油でコンビを組んでいる。コンビ名は『祓ったれ本舗』。
・夢主はマネージャー。
・五条・夏油は17歳頃想定。
・夢要素少なめ。

なんでも許せる方のみお読みくださいませ。




社長の鶴の一声で、私は我が事務所の若手ホープのマネージャーになった。気のいい社長のお願いだったからと安易に引き受けたことを、今は死ぬほど後悔している。

「あの2人、どこに行ったの……!?」

本番30分前、楽屋にいない2人組を探して駆けずり回る。スタッフに2人を見なかったか聞こうとして、マネージャーと意思疎通もできていないのかと思われるのはイメージダウンに繋がる可能性があるのでやめた。携帯の電源はとうに切られている。連絡手段もない今、私が走り回るしかなかった。
ちょっとスタッフさんや共演者さんとお話に、ならまだ許せる。問題なのは五条のワガママでスタジオの外へ出ている場合だ。

五条には遅刻癖がある。そして夏油は五条を甘やかす悪癖持ちだ。五条が何かしらしたいと言うと、夏油はほぼそれを止めない。収録に遅刻しそうでも、だ。今のところ仕事に遅刻したことはないが、プライベートでは平気で遅刻してくる五条とそれを許す夏油だから、いつか本番で遅刻してしまうのではないかと私は気が気でない。まだ若い上に結成して2年ほどでここまで爆発的に売れてしまったからなのか。あなたたちはうちの事務所の名を背負っているのと何度言っても聞かない、本当に困ったやつらだ。ああ頭が痛い。

最初に見に行った楽屋のドアをノックした後、そっと開く。

「おっそーい」
「名前さん、どこで油を売っていたんだい」

部屋の中に入ると2人ぶんの声が聞こえてきた。間違いない、私の担当コンビ、『祓ったれ本舗』の五条悟と夏油傑だ。戻って来ていたのか、私は膝から崩れ落ちた。

「名前、本番前なんだけど大丈夫?」
「ちゃんとしてくださいね」

うるさい、あんたたちにだけは言われたかないわ。と言いたくなるのをぐっと堪えて立ち上がり、「あなたたち、どうしてさっき楽屋にいなかったの?」と聞く。すると、五条が「名前を探しに行ってたんだよ」と言った。

「私は挨拶回りに行ってくるわねって言ったの忘れたの?」
「え、そうだっけ傑」
「そうだったね悟」

夏油のやつ、覚えてるなら五条に伝えてくれよ。そんな思いで夏油を見やると、「名前さんがあんまり遅いから迷子になってしまったのかと思って」と嘯いた。確かに私は方向音痴のきらいがあり、道に迷ったり遠回りしたりすることが無いとは言わない。が、今回は行き慣れた会場だから迷うはずもない。こいつ、バカにしてるな。睨み付けるが、夏油は痛くもかゆくもないといった風に微笑んでいる。ちくしょう、ちょっとくらい申し訳なさそうにしなさいよ。

夏油は年の割に大人びていて冷静だが、それ故に読めないところがある。それならばまだ適当に持ち上げておけばノってくる五条の方がマシだと思いながら五条を見ると、「なに?俺の顔に見とれちゃった?」とニヤニヤしながら聞いてくる。そうだった、こいつはこいつで厄介なんだった。

「そうね、今日も格好いい顔をしてるわ」

微笑んで肯定しておくと、「だよね〜!」と浮かれた声が上がった。ここで「貴方の顔なんて見てないわ」などと言おうものならその後の五条の態度が面倒くさいものになることを私は既に知っているので、慎重に言葉を選んで答える。よかった、今日は上手くいったようだ。こうやっていつも単純ならまだ可愛げがあっただろうに。

「なあ、名前チャン」

五条がニヤニヤしながら擦り寄ってくる。こいつがこんな顔をしてチャン付けで呼んでくる時はロクなことがないともう知っている。嫌な予感で震える内心を隠しつつ「何かしら」と聞いてやると、自身の頬をツンツンと突いた。

「俺のほっぺにチューしてよ」
「…………は?」
「だーかーらー、俺のほっぺにチューしてって」

してくれたらもっと頑張れるんだけどな〜、なんて語尾に音符が付きそうなくらい楽しそうにのたまう五条のその口を今すぐ棒か何かで塞いでやりたい。なんだ、ほっぺたにチューって。子どもか。ああ、まだ子どもだった。
なんとかしろと思いながら夏油に視線を向けると、夏油はあろうことか「悟にするなら私にもしてほしいですね。ほっぺにチュー」と笑った。いや、お前も子どもかい。そうだ、まだ子どもだった……。

「あんたたち、結託して私を困らせてくるのやめてくれない……?」
「名前、こんなことで困るんだ。カワイイね」
「ほっぺにチューなんて幼児もやるでしょう。カワイイ人ですね」

1人ひとりが面倒くさいのに、連携されたらもう手に負えない。面倒くささの宝石箱やー、などと一瞬現実逃避してみる。面倒くさいというネガティブな感情が宝石箱なわけないでしょ、塵箱くらいが関の山よとセルフツッコミも入れておく。
ウザ絡みだけではない、2人揃って私は頬にキスなんてできないだろうと思っているところも腹が立つ。それくらいできますとも。

五条の左腕を掴んで彼の形のいい頬に唇を寄せる。それから、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている夏油の右腕を引っ張って同じようにしてやった。

「……は」
「……え」
「してあげたのよ、ほっぺにチュー」

状況が飲み込めていない2人に教えてあげると、五条が「はぁぁぁ!?」と叫んだ。対する夏油は驚いて声も出せないらしかった。
グロスが付くといけないから頬と頬をくっつけて分かりやすいリップ音を出しただけで、厳密に言うとキスをしたわけではないのだが。どうやら2人ともそんなことは露ほども知らないらしい。子どもでよかった。

「クソ、名前のくせに……!」
「意外とやりますね」

本当にダメージを受けているのか、2人ともいつもの人を食ったような顔ではなく悔しそうな表情を浮かべている。これはオーバーリアクションを求められるドッキリ系もイケるんじゃないかしら。今度社長に打診してみよう。

腕時計を見やると本番15分前になっていた。しまった、楽屋に長居しすぎた。そう思っていると楽屋のドアが控えめにノックされ、「『祓ったれ本舗』さん、舞台袖に移動をお願いします!」とスタッフさんの声がかかった。ドアを少し開けてすぐに向かいますと答えてから、体ごと振り返り五条と夏油を見た。

「ほら、行くわよ」

背を向けてさっさと歩き出すと五条と夏油も「クッソ……」「はぁ……」と言いながら渋々ついてくる。

担当芸人のやる気を出す方法は熟知しているつもりだ。5分以内にどこぞの限定商品を買ってこいと駄々をこねたピン芸人の方がよっぽど面倒くさかったし、それに比べたら頬にキスなど造作もない。だけど、実際にしていないとはいえ私が担当芸人とそこまで距離を詰めたのは2人が初めてなんだということ、いつ教えようか。せっかくのやる気起爆剤だ、タイミングを見計らって、できれば1番高まっている時に投下したいところ。

これから先、この2人はたくさんの芸人さんたちに揉まれて、苦しい経験も悔しい思いも抱えることだろう。だけど、それを越えてもっと強く、面白くなってほしい。少なくとも私がマネージャーをしている間は、私がその支えになりたい。

なんだかんだ言ってもやっぱり担当芸人は大切だし、いつでも売れてほしいと願っている。相手が年下で若手なら尚更、可愛がって叱咤して頂点へと上げてやりたい。つまるところ、私は五条と夏油が大好きなのだ。

舞台袖に到着し、スタッフさんから簡単な説明を受ける。少し前にリハーサルをしているので舞台への入り方やハケ方は問題ないだろう。2人とも物覚えも要領もいいから、その辺りの心配をしなくていいのは助かる。
本番5分前、私はそろそろ関係者席に移動しなければならない。

「じゃあ私は移動するわね」

声をかけると、2人とも真剣な表情で小さく頷いた。集中しているのはいいことだが、少し表情が硬い気がする。気負っているならそれをほぐしてあげないと。

「今日も楽しみにしてるわ。たくさん笑わせてね」

からかうように笑うと、2人とも真剣な表情から一転して吹っ切れたような顔になった。

「当然!笑いすぎて死ぬなよ」
「覚悟しておいてくださいね、名前さん」

表情から硬さは取れたのを見て取って安堵する。緊張感はもちろん必要だけど、それだけでは人を笑わせることはできない。まずは自分が楽しまないと。それができる2人だから安心して見ていられる。

「いってらっしゃい。頑張ってね」

手を振ると、2人とも自信満々な顔で力強く頷いた。今日もきっと面白い漫才が見られるだろうと期待に胸を膨らませながら、私は舞台袖を離れた。
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