ものぐさ彼女とその彼氏の話

袋麺を開けて、沸騰した鍋に麺を入れる。かやくとスープの素も加え、かき混ぜながら待つこと2分。3分待てってパッケージには書いてあったけど、どうせ食べている間に伸びるからいいんだ。それより早く食べたい。
火を止めてお皿を出そうと立ち上がりかけて、途轍もなく面倒くさいなと思った。だって一人だし。食べるのも洗い物もぼっちでしなければならないんだし。もういいやと思って鍋に箸を突っ込んで直接食べる。汁を飲むならお皿を出したところだが、私は飲まない派だからいいだろう。
もうなんでもいいのと思いながら熱々のラーメンを啜っていると、ガチャっと玄関が開く音が聞こえた。次いで「たっだいま〜!」と能天気な声が響いてくる。ちょっと、今日遅くなるって言ってたでしょ!
まずい、こんな鍋のままラーメンを啜るお行儀の悪い姿なんて悟には見せられない。お皿を取りに走るが時すでに遅し、悟が部屋へ足を踏み入れてきた。

「ただいま、名前の愛しのダーリンのお帰りだよ」

見られたのなら今更お皿出して取り繕ったところで無駄だろう。走ったところを戻って椅子に座りなおす。悟は私の姿に何かを言うでもなくテーブルへ近寄ってきて私の隣の椅子に腰掛けた。

ものぐさ女でごめんな、悟。君がいないと皿を出すのも億劫なんだ。少しでも洗い物を減らそうとする面倒くさがりなんだ。これ知られたく無かったんだけどなぁ。あ、もう食べ終わった。少ないんだよなぁ。そういえば時すでにお寿司ってキャッチコピーを持つキャラクターがいたな。それを考えると、なんだかお寿司が食べたくなってきた。

「悟、お寿司買ってきて」
「それ今しがた帰ってきた彼氏に言うことじゃないよね?そこは『おかえりなさい、お風呂にする?ご飯にする?それともわ・た・し?きゅるるん』くらい言ってもらわないとさぁ」
「もし本当に私がそれを言ったら悟はどうする?」
「動画撮ってインスタの鍵垢にアップする」
「怒るぞ」
「鍵垢だからいいじゃん。あ、ツイッターの方が良かった?」
「良くないよ。てかアンタSNSとかやってたんだね。何呟いてんの?」
「僕の可愛い可愛い彼女のこと」
「ぶっ飛ばすぞ」

そんなところでも惚気話してるとか、私のこと大好きすぎだろ。聞かされる身にもなれよ。外野から見ればちっとも面白くない話を延々と聞かされているであろう面々のことを思い浮かべて苦い顔になってしまう。うちの悟がいつもご迷惑をおかけして申し訳ないです。

「悟は本当に私のこと好きだね」
「もちろん、大好きだよ」

そう言って悟が顔をほころばせるから、今は他人のことはどうでもいいやという気持ちになった。くすくす笑いながら悟の脇腹を突くと彼も私の脇腹を突いてきて、そうしていつの間にかその手は繋がれていた。込められた力の強さや手の大きさにちょっとドキドキする。

「お寿司買いに行こうか」
「え、ヤダよ寒いじゃん」
「僕がずっと手を繋いでてあげるし、それでもまだ寒いなら抱っこしてあげるから。お寿司食べたいんでしょ?」

僕も食べたくなってきたと漏らす悟に、なら行くかぁと重たい腰を上げる。幸い化粧は落としていないし、まだ部屋着に着替えておらずアウターを羽織れば外に出られる格好だった。どちらも面倒くさいからやっていなかっただけだが、今日は助かった。
アウターをさっと羽織ってマフラーをして、玄関で待つ悟の元へ急ぐ。

「悟マフラーしてないの」
「いる?首元詰まるのあまり好きじゃないんだけどな。脱いだら荷物になるし」
「首冷やすの良くないよ。緩く巻いてあげるからつけていきな」

悟の部屋へ行ってマフラーを掴み、玄関まで戻ってきて悟と向かい合う。こんなにふわふわで暖かそうなマフラーを使わないなんて勿体ないと思いながら気持ち緩めに巻いてあげる。これなら良いかなと呟いた悟に頷いて返して、ドアを開けて玄関を出る。鍵閉めは悟がやってくれた。
差し出された手を取ると先程と同じくらいの強さで繋がれる。その手は悟のコートのポケットに吸い込まれていった。

外は寒く、吐く息は白い。そんな中出掛けるなんて。取り皿を出すのも面倒くさがるような面倒くさがり女が出掛けるのは悟がいるからなんだぞ。一人なら一歩も外に出ずこたつむり生活してるんだからな。とは威張って言えることでもないので黙った。

目的地に向かってゆるりと歩き出す。こういう時間があるのは良いなと思った。

私はスーパーの半額品で良いと言ったのにあれよあれよと言う間に寿司屋に連れて行かれ、新鮮な魚たちに舌鼓をうっているところを写真に撮られた挙句勝手にインスタに投稿されていたことを知り、私が「せめてもっと盛れてる写真にしろ!」と怒るのはまた別の話である。
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