君のすべてを肯定したい

伏黒父が禪院時代のお話。キャラ崩壊ぎみなのでご注意を。



「すき、あなたの事がだいすき」

布団の中で心地よい微睡みを感じながら禅院さんの頭を梳いていて、つい零れた言葉だった。ずっと思っていた事だけれど、ここで言うつもりはなかったのに、ぽろっと漏れてしまった。
禪院さんはなんて言うだろう、きっと「バカじゃねえの」とか、そういうことを言うのだろうなと思って彼を見たら、精悍なお顔には涙があった。頬を伝って落ちる雫の透明さを、その脆さを呆然と眺める。

「泣いてる……」
「泣いてねえよ」

禪院さんが服の袖でゴシゴシと目元を拭っているので、腕を掴んでやめさせる。彼の顔から腕を退けようと押すと、案外あっさりと動いてぱた、と布団に吸い込まれるように落ちた。少し涙の残る目元を近くにあったハンカチで拭う。壊れやすいものに触れるような、とびきり優しい手つきで。

手のひら一個ぶんほどの距離を詰め、彼の背中に腕を回してポンポンと叩く。そうすると幾分落ち着いたようで、「もういい」と言った。

「ごめんなさい」
「いや、オマエは悪くねえよ」
「でもあなたが泣くなんてよっぽどでしょう」
「泣いてねえけど。ただ、オマエがあんまりしみじみと言うから、ちょっと刺さっただけだ」

彼は天井を仰いだ。彼の中に少しでも響く言葉をかけられたなら、私がここに存在する意味があったと思える。
彼の横顔をじっと見つめていると、彼もこちらを見てくれた。瞳には涙はないけれど、寂しがるようにゆらゆらと揺れていた。

「なあ、もっと言えよ。俺のことどう思ってるか」

私は首を縦に振った。左手を伸ばして彼の顔を私の胸に押し付ける。彼はされるがまま引き寄せられもぞもぞと動いていたけれど、いい位置を発見したらしく動かなくなった。私の背に彼の逞しい腕が回る。

「禪院さんはつよい人。やさしい人。かわいい人」
「……ん」
「私はそんなあなたがだいすき」

次はなんと言おうと考えていると、アラームが鳴った。どうやらここを出なければならない時間が来てしまったらしい。この人といると時間が過ぎるのがあっという間だ。

「禪院さん、時間が来たみたい。出ましょう」

布団から出ようと体を起こすと、彼が腕を引っ張ったので体勢が崩れて布団に逆戻りしてしまった。もう、と言いかけたけれど、彼に押し倒すように強く抱き締められて何も言えなくなる。

「なあ、今日休もうぜ」
「怒られますよ」
「……誰も俺なんて怒らねえよ」
「私が怒ります。ズル休みも、その発言も」

禪院さんはいつも傲岸不遜なのだけれど、時々こうして自虐混じりなことを言う。それを聞くたびに私はなんと返すか迷うのだけれど、取り繕っても聡い彼はきっと気付いてしまうだろうから思ったことを素直に言うようにしている。どうやら彼もそれが気に入ったらしく、こういうことをする関係になったのだった。

「怒ってもいいから、今日はずっとオマエといたい。頼む」

せつなそうな顔で彼が囁いた。
彼が私に頼みごとをするのは珍しい。それも、『ずっと私といたい』だなんて。
私は彼の言うことを断ったことは一度もない。もちろん彼のことを好ましく思っているからというのもあるけれど、そもそも私が嫌がりそうなことを彼が言わないというのが大きい。ましてや私を必要とする声を聴いて、断るという選択肢は私の中にはなかった。

「分かりました。今日はお休みしましょう」
「……いいのかよ」
「はい。そこまで言うあなたを放っておけないので」

目を合わせる。彼の瞳に私が存在するように、彼の心に私が存在できればいいのに。

「誰も私のことを探したりなんてしませんし」
「そういうこと言うなよ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますね。今感じた痛みが、さっき私が感じた痛みですよ」

私たちは似た者同士。誰にも視認されないから、何をしても何も言われない。いないものとして扱われている。そんな世界の中で、私たちはお互いを見つけたのだ。それだけでもう充分だった。
願わくば、彼がこの腐った世界を生き抜く力になれますように。そして、いつか彼がもっと大きな幸せを享受できますように。私の思いは、まだ彼には言わないけれど。

「お腹空きました。何か作りましょうよ」
「めんどくせえ、オマエ作れよ」
「ひとりにしてもいいのなら私だけキッチンに行きますけれど」
「……俺も行く」
「はい、ぜひ」

指を絡めてキッチンまでの短い距離を歩く。
ひとまずお腹を満たすところから始めましょうか。
- 2 -

[*前へ] [#次へ]

戻る
リゼ