伏黒恵BD2019

つむぎ星と同夢主。



任務を終えて寮に帰るとパンッという大きな音と色とりどりの紙吹雪に迎えられた。呆気にとられていると虎杖や釘崎、先輩たちが「誕生日おめでとう!」と笑顔で近寄ってくる。

「パーティーの準備できてんぞ」
「早く来いよ」

つられて視線を向けると、壁にはお誕生日おめでとうと印字された横断幕が掲げられ、テーブルの上にはいつもの晩飯より遥かに豪華な食事と真っ白なケーキが乗っていた。

「ケーキは名前さんが用意してくれました!」

虎杖の言葉に、名前さんの手作りだろうかと内心そわそわしていると、先輩が「五条先生オススメのパティスリーのものだから、きっととっても美味しいよ」とはにかんだ。その笑顔を可愛いと思うと同時に、手作りじゃないのかと落胆する自分がいる。内心を顔に出さないようにして「ありがとうございます」と礼を言うと、先輩は「いえいえ」と言って笑みを深めた。
名前さんの笑顔に和んでいると右腕をパンダ先輩、左腕を狗巻先輩に掴まれ、机の上に乗ったケーキの前まで連れて行かれる。部屋が暗くなって、ケーキに刺さっている1と6の形をしたろうそくに火が灯った。

「せーの」

名前さんの音頭の後、お馴染みの誕生日の歌が響いた。こんなの、昔津美紀と五条先生にされた時以来だ。あの時もそうだったが、どういう反応をしていいか分からない。
気まずいような、複雑な思いを抱えていると歌が終わり、名前さんが「恵くん、火を消してね」と俺の肩を叩いた。首肯して、ろうそくへ向けて息を吐く。ゆらゆらと揺れていた火はすぐに消えた。同時に電気がついて部屋が明るくなる。

「じゃあケーキを切り分けようか」
「私も手伝います」

名前さんが包丁を手に取り、釘崎が皿の準備をしているのを手持ち無沙汰に眺めていると、真希さんとパンダ先輩に腕を取られて部屋の隅まで引っ張られた。

「どうしたんですか」

俺が問うと、パンダ先輩が「いいか恵、よく聞けよ」と重たそうな口を開いた。

「この時期はクリスマスと被ってるから、誕生日ケーキの予約受け付けしてない店や、ホールケーキは売り切れの店が多くてな。名前さんが何店舗も回って探してくれたんだぞ」
「後で2人っきりにしてやるから、ちゃんと礼言っとけよ」

2人からこっそり告げられた言葉に、名前さんに視線をやる。はしゃいだ様子でケーキを切り分ける先輩は昨日今日と1級レベルの任務に連続して当たっていたはずで、その中で俺のために探し回ってくれたのだと申し訳なくなると同時に、あの人のことを愛おしいと、そう思った。
俺がはいと頷くと、先輩たちは顔を見合わせてから満足げに頷いた。そこへ名前さんの「準備できたよ」と声がかかり、先輩たちは話はそれだけだと言わんばかりの顔で俺に背を向けた。俺も2人に続いて歩き出す。

虎杖たちが盛り上がっているのを遠目で眺めていると、パンダ先輩がそろりそろりと近寄ってきて「今名前さん寮の玄関に1人だから行ってこい」と玄関の方を親指で示した。はいと呟いて立ち上がると、真希さんと目が合う。鋭い眼光に強く頷くことで返して、俺は玄関へ足を向けた。

「名前さん」

玄関の外にある階段に腰掛けて空を見上げている名前さんに声をかけると、先輩は振り返って「恵くん」と俺の名前を呼んで微笑んだ。歩み寄って先輩の隣に座る。一息着いてから口を開いた。

「ケーキ、探し回ってくれたって聞きました。すみません」
「いいのよ、恵くんに一等美味しいケーキを食べてほしくて、私がはりきっちゃっただけだから」

はりきっちゃったって、なんだよそれ。どうしてこう、この人はこんなに可愛いことを言うんだろう。
身悶える俺をよそに先輩は「美味しかった?」とこてんと首を傾げた。やっとのことで「うまかったです」と漏らすと先輩は「ならよかった」と花がほころぶような笑みを浮かべた。
しばらく見つめ合っていたが、名前さんがすいと空へ視線を向けて、俺もそれに倣って空を見上げる。先輩が空を指差した。

「今日はいつもより星が綺麗ね。恵くんのことをお祝いしているみたい」
「……名前さん、もしかして体調悪かったりしますか」

名前さんは照れ屋だから、普段はこんなロマンチストみたいなことは言わない。そんな先輩がご機嫌でキザな台詞を吐くんだ、裏があると勘ぐっても仕方がないだろう。

「元気100パーセントだよ。でもそうね、浮かれてはいるかも」

だって今日は恵くんのお誕生日なのよと言って、先輩は朗らかに笑った。膝の上に乗った俺の手に先輩の手がそっと重ねられる。

「伏黒恵というひとが、この世に生を受けた日。こんなに幸せな日はないわ」

そうでしょうと笑う名前さんが、夜空で輝く星々よりも綺麗だと言ったら、この人はどういう反応をするんだろう。口を開きかけて結局やめた。そういうの、柄じゃねえし。
照れ隠しでそっぽを向くと、先輩が人ひとり分空いた距離を詰めてきた。肩と肩が触れ合ってドキドキする。

「恵くん、お誕生日おめでとう。これから先の未来が貴方にとって素敵なものになりますように」

至近距離で見つめられて息が止まった。重ねられた手がいつの間にかきゅっと繋がれて、そこから熱が伝わってくる。この人は温かい、手も、心も。その温もりにもっと触れたい、その熱がもっと欲しい。そんな衝動に突き動かされるように顔を傾けて距離を詰める。唇が触れそうになった時、先輩の体がビクッと震えた。次いでくしゅんと小さな音が鳴る。

「ごめんね、ちょっと冷えちゃったみたい……」

寒さに身を縮こませる名前さんを長々と引き止めるわけにもいかず、触れることは諦めて「中に入りましょう」と声をかけると先輩は小さく頷いた。それを見てから、先輩の手を取って立ち上がる。

「行きましょうか」
「うん」

手を繋いで歩き出すと、名前さんが俺の腕に添うように近づいてきた。柔らかい感触と花のような匂いにクラクラした。
恵くんのしたいこと何でも言ってねと言う名前さんに、ひとつだけワガママを言ってみようと思う。来年はアンタの作ったケーキが食いたいです、と。
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