お月見への誘導です。
 2019.10.17 Thu


「――…うむ、お月見に行くぞ!」
「何を言ってるの。それが先」
「むぅ……」

本当に、今日やるべき山積みの書類を前に、何を言っているんだか。どうせ、月には興味が無いくせに。今の彼の頭の中では、お月見団子よろしく、ゴマ団子か月餅が山積みになっているに違いない。花より団子、月より団子だ。

「今まで仕事しなかった太公望が悪いんだからね」
「むぅぅ……」

思わず強く言ってしまうが、察してほしい。私だって、楽しみにしていたのだから。

「……で?」
「ん?」
「わしと違って休みであるおぬしは……誰かと、行くのか?」
「……んー……」

訝しげな青目に、つい目を逸らしてしまう。さて……『アレ』を言うべきか、言わざるべきか。

「……隠さずに言うが良い」

ジトッとした青い目と尖り口にそう促されたので、此方も口を尖らせ、目は逸らしつつ、ボソッと言ってみる。

「……ふ」
「ふ?」
「……普賢、に……二人きりで、お月見しないかって……」
「……は?」

さて、言ってはみたのだが、結果はどうなる事やら――…とちらと前を見れば、

「……分かった」
「え?」

バンッ!と橙色の手袋が机を叩き、カッと青色の目が見開かれ。わ、怒った!?と身を強張らせたら、彼はパンッ!と今度は両方の手袋を叩き合わせ、ギュッと両方の目蓋を閉じた。

「――…っ少しだけ待ってくれぬか!?」
「……へ?」
「すぐ終わらせるから!!のう!!?」
「あ……はい」

その凄まじい勢いと珍しい懇願の姿勢に、反射的に、小さく頷いた、次の瞬間、

「………」

怒濤の勢いで動く筆、埋まる白紙、舞い散る書類――…わぁ、流石、彼の同期、分かっているんだなぁ、なんて、その光景を呆然と見守る他無い。

『こう言ったら、望ちゃんならすぐに仕事を終わらせるよ』

そんな綺麗な微笑みを思い起こし、血走った目で筆を振るう目の前の彼にちょっと罪悪感を覚え、けれど一緒にお月見が出来るのは楽しみで。
あの綺麗な月を、彼の隣で見たい。ついでに、山積みのゴマ団子も月餅も、貴方の頭の中だけじゃなくちゃんと現実にもあるよって、実物を渡しながら伝えたい。私は、花よりも花見団子よりも、月よりも月見団子よりも、やっぱり、太公望なのかな。

……なーんて思っていたら、なーにを笑っておる、怪しいのう、と前の彼が笑って。何だか恥ずかしくて、余所見は厳禁です、と舌を出してから白紙で顔を隠してしまった。




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