桜アンマンの力ではない(という訳でもない)です。
 2019.03.30 Sat


「――…此処の新作の桜アンマンをさ、満開の桜の下で想いを寄せている人と分け合って食べると、その人と結ばれるんだって!」

ねぇねぇ知ってる?という一言から始まったそんな密やかな黄色い声を背後に、『丼村屋』の筆文字が目立つのぼり旗を遠目に、先程から一向に進まない行列を前方に、やれやれと溜息を吐いた。

「えっ、そうなの!?」
「みたいだよ?私の知り合いも、それで上手くいったって」
「えー、じゃあ買おうかなぁ」
「私は買うよ!だから此処に来たんだし――…!」

どんどん熱を帯びるひそひそ声に、此方の頭はどんどん冷静になっていく。ああ、だから今日はやけにおなごが多いのか、と行列を見て納得し、また深々と溜息を吐いた。
人は、何故にそういう確証の無い事を信じるのか。根拠も無し、統計も無し、その因果関係を説明できようも無し。なのにそれを信じて、貴重な時間と金銭を惜しまずに費やす。此処の店員が広めた商売戦略かと、ちっとも疑わないのか。頭の切れるあやつは、流石に疑うだろうか。それとも人が良いから、信じるのだろうか。
まぁそうでないとしても、満開の桜の下に一緒にいて、一つの菓子を分け合える位の仲だという時点で、かなりの高確率でもう既に想い合っているという事ではないか。ちっとも好意の無い人間と食べ物を分け合う状況など、よっぽどの非常時しか考えられないではないか。同僚であるあやつにも、この点は同意してもらえると思うが。あ、いや、あやつは他意も無く何も気にせず分け合える人間か。

……しかし、そんな不確実な事を――人智を超越している桜アンマンの力を信じる者がいるという事が、わしには信じられぬのう――…。

「お次の方、どうぞー!」

と、色々もやもや考えている内に進んでいたらしい、目の前には誰の背中も無く、にこやかに笑う店員が立っていた。いかんいかんと歩み出し、さて、と並ぶ前に考えていた注文をしようと口を開く。

「アンマンを二つ――…と、その……桜アンマンを、一つ」

――…違う違う違ーーうっっ!!!べ、別に、そういう事で買う訳ではなくて、最初からこれを買うと決めていたのだ!これが季節限定だからだ!!今を逃すと、また丸一年も食べられなくなるからだ!!!……っあ、いや、それを一つしか買わないのは、新作は味が分からぬから、口に合わなかった事を考えると、一人一つよりも半分の方が良いではないか!?それに単なる同僚であるあやつは、普通の人とは違い、人と何かを分け合う事を特に気にする性格ではなくてだな!?つまり、決してそういう事ではなくてだな!!?だから、そう必要以上にニコニコするでないぞ店員――…!!!
なんて、店員の極々普通の営業スマイルを疑い、背後からのひそひそ声の内容がちっとも聞こえず、即ち何の根拠も無いというのに何か言われてやしないかと不安に襲われ、心の中で意味の無い弁解を叫び続ける。

「――…ありがとうございました!」

という典型的な言葉にも疑心暗鬼となり、慌ててその場からパタパタと駆け出す。しばらく走って丼村屋から少し離れたところで止まり、酸欠気味でドキドキと煩い胸を宥めながら、また深々と溜息を吐いた。そうして、手に持つ物を見つめる。
季節限定物が好きなあやつは、これを見て絶対に喜ぶだろう。それは確実だ。そして、その喜びのままに、もしかしたら、せっかくだからこれを持って、お花見にでも行かないかと、そう言ってくるかも、しれない――…。

「……っ!」

そんな不確実な未来に、カァッと顔が熱くなって、またドキドキと心臓が煩くなって。一体何を考えておるのだ!と自分を叱責しながら歩き出す。ったく、あやつは単なる同僚だっつーの。特に何かを気にする必要は、これっぽっちも無いというに。お花見をしようと言いそうなあやつも、何にも気にしていないというに。……勝手に、こっちが想いを寄せているだけだというに。

「……さて、帰るかのう」

そんな一言は、誰からの返答も無い一人言。取り敢えず、彼女の笑顔を確実に見せてくれるであろう桜アンマンの力は、渋々信じても良いかものう。



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