感じ取る秋です。
 2019.10.26 Sat


――…あ、来たんだ。


ふとそんな事が頭を過ぎったのは、濃くて甘い、あの特徴的な香りを嗅いだから。
でも、何処からだろう。きょろきょろと見回せば、自分を囲むように立つ茶色の幹。その上に緑色の葉はこんもりと茂っているが、あの橙色の小花は見当たらない。
こんなにも強くその存在を感じ取れるのに、どうやら近くにはいないらしい。見上げれば、空は薄いながらも綺麗な青色、即ち日暮れまでにはまだ時間がありそう。

――…ん、よし、今日の仕事ももう終わったし、ちょっと探してみよう。

そう決めて、さてどちらに向かおうかなと鼻をすんすんさせながら顔を動かせば、ある一点であの香りを少し強く感じ取れた。反射的に歩き出したその方向は、書庫を出てから目的地にしていた桃園とは反対だったけれど、まだ少し湿気を含んだ落ち葉を小さく踏み鳴らして進めば進む程に、あの香りが更に濃くなっていく気がして。
そう、この、季節の到来を感じさせる、特別な香り――…!

「――…え?」

道を抜けてすぐ右、突然開けた視界に入ったこの香りの源、緑色の葉の隙間を埋めるように咲き誇る橙色の小花達の下、その茶色の樹の根元、

「――…お、来たか」

幹に寄り掛かるように、太公望が座っていた。

「………」

思わず、ポカンと立ち尽くしてしまった。頭上の花よりは若干褪せた橙色の掌をヒラヒラしてきても、どうにも反応できない。
だって、何で、彼が桃園ではなく、此処に……という疑問を無意識に顔に出してしまったらしい、彼はニヤリと口角を上げる。

「どうぜおぬしの事だからのう、この香りを少しでも嗅いだら、そのまま此処までホイホイ来るであろうと予想しておったのだよ」

そうしたらほれ、この通り、わしの予想通りの展開だ。おぬしの行動は手に取るように分かるからのう。そう笑い交じりに続ける勝ち誇ったような彼の表情に、何だか負けた気分になって悔しい。かといって、それを顔に出せば更に敗北感が増すだろうから、そこは此方もニッと笑って、

「……もしかして、私に会いたくて、わざわざ此処で待っててくれたの?」

なんて冗談めかしてみたら、そんな訳無かろう!とどうせ一蹴されるだろうな……という此方の予想に対し、

「っう、いや、これはその、そうではなくてだな――!!!」

一瞬で赤色一色に頬を染め上げ、見開かれた青色の目を右往左往されてしまって、何故だか此方まで恥ずかしくなってきた。
と、太公望はぷいっと向こうに顔を向けてから、橙色の手袋をひょいひょいと揺らした。だから、くすっと笑って歩み寄り、彼の隣に座り込む。そのまま息を吸えば、むせ返りそうな程の、濃くて甘い、とても特徴的な香り。少しいるだけで、服に染み込んでしまいそうな程の強い香り。
ふと足元を見れば、茶色の地面に目立つ、橙色の小花が一輪。そっと手に取れば、何とも小さな花。指先にも簡単に載る位のこんなにも存在が、こんなにもかぐわしい芳香を放ち、自分が生きている季節を教えてくれる。

「――…」

ふと、横に身体を傾けてみる。すると、向こうは頭を寄せてきて、橙色の手にはいつの間にか指を絡め取られていて、二人の間にあった距離は、無くなっていた。
穏やかで、甘い。暑苦しくなく、温かい。


――…ああ、秋が、来たんだ。




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