思い出のダンプティ
夢斗ターン





咲が生まれて17年、愛一郎が生まれて15年、俺は二人の兄をしてきた。
故に、二人のことで知らないことはないと自負している。

今、愛一郎は部活でエッグハントには参加していない。
と、なると…。


「……咲、だな。」


咲の卵に狙いをつけよう。
あの愚妹は馬鹿で単純だ。簡単に考えは読める。
さて、あいつは何処に隠すだろうか。

夢斗は、過去に思いをはせた。










俺が中学生、咲が小学生のときだった。
今となっては原因すら思い出せないが、俺と咲は今までにない大喧嘩をしたのだ。


『ゆめ兄ぃなんか大きらい!』


真っ赤になった目で俺を睨んで、そう叫んだ咲は居間から飛び出していった。
咲の涙を見て罪悪感を感じた自分に無性に腹が立って、大きく舌打ちしたのを、よく覚えている。


『ほっといていいのか?』

『知らねぇよ、あんな奴。腹が減れば戻ってくるだろ。』


吐き捨てるように言った俺に、親父は新聞に目を落としたまま「ふぅん。」と呟いた。
向けられた親父の背中が、なんだか俺を責めてるようで、また舌打ちが漏れる。

それから、晩飯の時間になっても、咲は居間に姿を現さなかった。

咲が飛び出して数時間は経った。だから、いくら短気な俺でも多少頭は冷えている。

さすがに、咲が心配になった。

のそりと、重い腰を上げると、目敏く親父に見つかった。


『探しに行くのか?』

『……うるせぇ。』


にやりと笑う親父を一睨みして居間を出た。
ちらりと玄関に目を向けると、咲の靴が行儀悪く散らばっている。

……よし、外には出てないみたいだな。
ならば、二階の子供部屋にでもいるだろう。

階段を上がり、正面の部屋の扉を開ける。
部屋の中には誰もいなくて一瞬肝が冷えたが、すぐにぐずぐずと鼻の鳴る音が耳に入った。

全く、変なところに隠れやがって。

苦笑し、音の出所である押し入れのふすまを開けた。
当の咲は、押し入れの上段で小さくなって三角座りをしながら、今だめそめそと愚図っている。

お前はどこのドラえもんだ。


『…咲、さっきは言い過ぎたな。俺が悪かったよ、ごめんな?』


出来る限り優しい声で言うと、咲はびくりと肩を震わせて、ゆっくりと顔を上げた。
涙と鼻水で顔がひどいことになっている。
真っ赤になった目から再び涙を溢れさせ、咲は嗚咽を漏らした。


『あたしも、ゆめ兄ぃにキライって言って……ごめんね。ごめんねぇぇ』


ぼろぼろ泣きじゃくる咲を抱き締め背をさすった。
俺の肩口に顔をうずめた咲の涙が、服に溶ける。


『母さんが玉葱を炒めてた。今日の晩ごはんは、多分、お前の好きなハンバーグだよ。』










あれ以来も、咲は大切なものを隠すときは押し入れの上段に入れていた。
だからといって、イースターエッグを押し入れの中に入れることはルール違反だ。
個人スペースに隠すことを禁止にしたのは、他でもない咲自身である。

……詳しい場所は分からないが、取り合えず目線より上であることは確実だろう。

それから、なるべく目線を上に向けて歩き回った。
そして、見つけた。

カーテンレールの上に、ちょこんと乗ったイースターエッグ。まるで塀の上に座っているハンプティダンプティだ。


「……ん?」


確か、咲は卵にネコの柄を描いたはずだ。しかし、この卵はオレンジ色の星模様。


「これは、確か…」


レグルスの卵だ。

呆れて、もう笑うしか出来ない。まさか、咲の卵を探していてレグルスの卵を見つけるとは。


「馬鹿と猿はなんとやら、か…」


同じ頃、ヴェロニカが全く同じことを考えているとは、まだ知りもしなかったのだった。



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